生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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去年の4月は、3週連続で友人の結婚式があった。
いまさらなのだけれど、そのうちの1つの式の話を今日は書こうと思う。

新婦モリンコとは、2年半くらい前に知り合った。
共通の友人が主催した、長瀞でのラフティング合宿で出逢ったのだ。

立ち寄った温泉の脱衣所で、モリンコは私にヘアトリートメントをくれると言った。
化粧品会社に勤めている友人からサンプルをもらったそうで、「これ、すごくいいから」と薦めてくれた。
それから私のことを、原沙知絵に似ていると、しきりに言った。

モリンコは私より6つ年下で、フリーのカメラマンをしていた。
福岡出身で、地元の大学の写真科を出た後、東京で働いていた。

モリンコは、自分のことを「モリンコ」と呼んだ。
モリンコは、背が高く、髪が長く、化粧っ気がなく、キュートな笑顔をしていた。

そしてモリンコは、その夜、みんなの前で大きな発表をした。
「こないだプロポーズされたから、結婚します」

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# by yukotto1 | 2010-04-22 00:39 | ノリノリの映画
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photo by hikaru

アイスランドの火山噴火が、大変な事態を引き起こしている。
噴煙が欧州の空を覆いつくし、航空機が空を飛べないのだ。

欧州各国の空港はもちろんのこと、欧州へ向かう世界中の飛行機が全て足止めを食らっていて、成田や関空でも、空港で寝泊りすることを余儀なくされた多数の外国人旅行者が空路再開を待ちわびている。

どんなに情報技術が発達して、瞬時に世界中から必要な情報を得られる時代になっても、外国に暮らす友人と、距離を感じず気軽に会話できる時代になっても、世界を旅する人の数は減らない。
景気の影響で一時的に減ることがあったとしても、大きな流れでは、全世界での海外旅行者数はますます増加する傾向にあるのだ。

情報技術の進歩がもたらす心理的距離の接近は、世界をどんどん一つのものにしている。
同時に、航空技術の発達が移動時間の劇的な短縮を実現している。
そして人は、むしろ旅を厭わなくなった。
それどころか、もっと旅をしたいと思うようになった。

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# by yukotto1 | 2010-04-21 01:15 | 笑える映画
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photo by hikaru

ある友人は、花の名前をよく知っている。
駅から自宅へ歩く間に見かけた花の名前を、10種類ほど言い当てられる。

犬の種類もよく知っている。
その血統や気性なんかも知っている。

当たり前みたいに「イングリッシュスパニエル」と言われても、私は「イングリッシュ」なのか「スパニッシュ」なのか混同してしまう始末だ。
それがどんな姿かたちの犬なのか、名前だけ聞いても分からない。

一方、その友人はビジネス用語なんて知らない。

漫画には詳しいのに、映画には詳しくない。
神話には詳しいのに、落語には詳しくない。

私たちは同い年だし、同じ街の出身だし、同じ中学で学んだし、同じような方言で話すのに。
けれども、私たちの興味関心はまったく違うところにあって、そのせいで持っている知識はあまりに違っている。

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# by yukotto1 | 2010-04-20 00:54 | ハッピーになる映画
間に合うか間に合わないか微妙な時間だったので駆け足で急いで、そのせいで、鼓動が少し速くなっていた。
本編開始間際にようやく席に着いて、一呼吸つこうとしたのだが、まるきり、それは無駄だった。
心拍数は、下がるどころか再び上昇をはじめたのだ。

映画は、冒頭からいきなり緊張に満ちていた。

舞台はイラク。乾燥した砂漠の街。

爆発物処理のための遠隔操作ロボットが不具合を起こし、潜水服みたいな重装備に身を包んだ兵士が、それを直すために爆発物に近づく。
簡単な作業を終えてそこを離れ始めたとき、援護する仲間の兵士が街角に携帯電話を操作しようとする不審な男の姿を見つける。

「携帯電話を捨てろ!」
銃口を向けながら大声で叫ぶが、男は英語が分からないというふうにニヤニヤと笑っている。

防護服の兵士は走り出す。
重たい装備を揺らして、懸命に、必死に、無我夢中。

観客である私は、迫り来る爆発に身構える。

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# by yukotto1 | 2010-03-22 18:53 | ぐっとくる映画
強く冷たい風が水分の多い雪をつれてきた。
アスファルトに薄く積もってぬかるんで、とてもきれいとは言えない。
ブーツの踵に、細心の注意を払いながら歩く。

東京のなごり雪。
3月9日に降った雪。

先週は、日中、コートがいらないくらいの陽気だったのに、この時期の手のひら返しはまったく手厳しい。
思わせぶりもいいところ、そうするほどに恋しくなる春の策略に、毎年まんまと嵌められる。

季節は輪廻の如く。
輪廻は季節の如く。

「瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」

百人一首で私が一番最初に憶えた句で、そして、私が一番好きな句だ。
そして、三島由紀夫晩年の小説を映画化した「春の雪」においても、意味の深い句となっている。

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# by yukotto1 | 2010-03-10 01:33 | 切ない映画
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photo by hikaru

何か映画を観ようということになって、友人が提案したのが、公開翌日の「人間失格」だった。
生田斗真が主演なので、アイドル映画なのだろうかとも思ったけれど、太宰治とジャニーズという、あえての組み合わせに少し興味が湧いたので、その提案に乗ってみる。

一般受けしなさそうな映画だが、新宿の角川直営の映画館は、思いの外満席だった。
生田斗真目当てなのだろう、若い女の子のグループが多い。

彼女たちは原作を読んだことがあるだろうか。
そう思ったら、連れの友人も読んだことがないと言った。

私が「人間失格」を読んだのは、大学生の頃だっただろうか。
もう内容はだいぶ忘れた。

だけど、とにかく太宰治は好きじゃない。

ネガティブで破滅的だから。
ナルシストで自虐的だから。

私は、ああいう世界観を好きだと言いたくない。

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# by yukotto1 | 2010-03-07 23:41 | 考えてしまう映画

きょうだい-おとうと-

錦糸町のレイトショーで、200ほどある座席は数えるほどしか埋まっていない。
山田洋次監督作品とあって、観客の年齢は還暦過ぎばかりだ。
そんな中で、私はひとり、席に着く。

会社帰りに「おとうと」を観て、おそらく10年ぶりくらいに映画館で号泣してしまった。
確かにいい映画だったけど、嗚咽を堪えるほど心に効いてしまったのは、私が二人の弟をもつ姉だからだろうか。

弟という存在のことは、日常の中ではほとんど忘れてしまっている。
幼いころはよく一緒に遊んだが、今は、親を想うほども意識に登場しないし、友人ほど近くもなければ、気を遣いもしない。
ただ、彼らが生まれたときから、私が姉で、彼らが弟であるという関係性だけは決まっている。

弟たちは、同じ仕事をしているせいか、互いに素直にならないし、無駄な会話はほとんどしない。
けれど、私と弟たちは、それぞれ仲がいい方だと思う。

それは、私たちと同じく3人きょうだいの、父と叔母と叔父にも当てはまるようで、父と叔父は、兄として、弟としての立場で、互いのプライドを度々ぶつけるが、姉であり妹である叔母は、頑固な男きょうだいの間で朗らかに笑って、いつも優しく、兄を立てたり、弟を守ったりしていた。

3人きょうだいは、叔母が要になっていたのだ。

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# by yukotto1 | 2010-02-25 23:30 | ぐっとくる映画
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photo by hikaru

ファッション業界に半ば足をつっこんでから、半年以上経つ。
それは、上司の突然の異動に伴って、私のメインの仕事になった。

もともと温め続けた企画が実行フェーズを迎えたという感じなので、やるべきことに迷いはないが、とはいえ、まったく不慣れな世界である。
ロジックを組み立てて仕事するのを主としてきた私にとって、「ファッション」なんていう、感覚的世界で自分が仕事をするなんていうことは、思いもよらなかった。

さながら、「プラダを着た悪魔」の主人公アンディのようだが、以前にその映画についての記事で書いたように、未経験の世界でまず必要なのは、その世界のルールを知ること。

私は、決してファッションに詳しくない。
常識的な、ごくごく普通レベルのセンスしかない。

私が仕事で相手にするのは、バイヤーやスタイリスト、モデル、ジャーナリストといった感性で勝負する人たちであって、彼らとのコミュニケーションを成功させるためには、彼らを理解し、同じ言葉でしゃべる必要がある。

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# by yukotto1 | 2010-02-18 00:44 | ハッピーになる映画
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photo by hikaru

今このとき、生まれた人もいれば死んだ人もいて、笑う人もいれば泣く人もいる。
タクシーを拾った人もいれば地下鉄を降りた人もいて、雨が降り始めた街のずっと西の村では虹がかかる。
誰かが電話をかけて、誰かの電話が鳴る。
お風呂あがりの君と、洗濯物を干す私。
あるいは、まったく同じ瞬間に、くしゃみをした二人。あくびをした五人。

想像を巡らせると、同じ時間の同じ星の上で、数十億の人間が各々勝手に活動しているという当たり前の事実が全く奇妙に思えてくる。

現実は無限に複次的で、ただ、ごちゃごちゃとしている。
あらゆるところで絶え間なく、生まれて死んで、姿を変えて。

Twitterを始めたら、それが可視化される感覚を知った。
顕微鏡を覗いて、エンドレスな細胞分裂を観察するような感じだ。

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# by yukotto1 | 2010-02-13 02:22 | ぐっとくる映画
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人と人には、それぞれ、ちょうどよい距離感や関係性がある。

燃え上がる熱情だけが運命ではなく、気づくとそばにいる自然な関係にも、すれ違いを繰り返す歯がゆい関係にも、視線で挨拶するだけのさりげない関係にも、固有の運命があると、私はそう思う。

慎重に探りあいながら、あるいは成り行きに任せるままに、収まりのよいスタンスを見つけ、それを維持していくことができるなら、二人の関係は長く続く。
けれど、どちらかが一方的にバランスを崩そうとすれば、途端に脆く崩れてしまうこともある。

「オリヲン座からの招待状」では、小さな映画館を営む夫婦と、住み込みで働く青年との交流が描かれるが、やがてオリヲン座の主人が病死し、未亡人となった妻と青年がふたりきりで同居するようになる。
二人は、主が欠けた劇場を守る同志として、同じ孤独を共有する家族のようなものとして、いたわりあいながら名もつかぬ関係を紡いでいく。
周囲の人は色眼鏡で二人を揶揄するけれど、互いにしか分からないものが確かにあって、時がやがて関係を本物にしていくのだ。

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# by yukotto1 | 2010-02-12 00:17 | しっとりする映画
紀伊國屋跡にできた「Ao」というビルのイルミネーションが、宵口の青山通りを照らしている。
表参道は、落ち着きがあるが若々しさもあって、実に品のいい街だ。
上等とか、洗練とかいった、人が憧れる要素がたくさんある。

そのムードを自分のものと思える人は、どれくらいいるだろう。
私にとってそれは、背伸びしてほんのちょっと足りないくらいの位置にあって、憧れはするが、馴染みにはならない。
そして、それが収まりの良いバランスのような気がする。

ドトールの2階でホットティーをすすりながら、私はさっき聞いた占い師の話をおさらいしていた。

占いは信じない。
雑誌の最後のページや、朝のテレビのその日の運勢も、一応チェックするけど、すぐ忘れてしまう。
今年の初めに引いたおみくじが「凶」だったことも、5分で忘れて、今の今まで忘れていた。

だから、昨年のゴールデンウィーク直前、友人が「すごく当たっててびっくりした」と興奮ぎみに彼女のことを薦めてくれたときも、「まさか」と思ったし、すごく興味をもったわけじゃない。
けれど、気づいたら、その占いの予約を終えていた。

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# by yukotto1 | 2010-01-31 01:38 | 笑える映画
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photo by hikaru

「いらいらする子どもだな」

「かいじゅうたちのいるところ」を観に行って、私が感じたことは、結局そういうことだった。

幼児とは言えない年齢になったマックスは、わがまま放題に暴れたり、嘘をついたり、調子に乗ったりする。
いくら父親が不在でも、良識的な母と姉がいて、不幸というほどの境遇でなし、感情をコントロールしきれず、苛立ちを暴力的に発散する様は、逆に彼が十分に愛され甘やかされて育った末っ子だからとしか思えない。

すべてが彼の思うとおりいくわけではないし、皆が彼のためにだけ生きているわけではないと、もうそろそろ理解しなければいけない年ごろだ。
それなのに、やりたい放題するマックスに、私はいらいらしてしょうがなかった。

人間は、子どものときに親の愛情を得るためにとった戦略を、大人になっても選ぶ傾向があるらしい。

甘える、黙り込む、暴れる、がまんする、怒る、泣く、おどける、健気になる、無視をする・・・

子どもほど分かりやすくなくても、相手を自分の望み通りに動かしたいと思うとき、人はそれぞれ、ある種の行動パターンをもっている。
なれなれしく甘えて相手の懐に入ろうとしたり、都合が悪くなると黙り込んで相手が「しょうがないな」と言うのを待ったり、いつも成功するほど万能でなくても、気づくと選択しているその人なりの行動の癖は、少なからずあるなと納得してしまう。

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# by yukotto1 | 2010-01-26 23:01 | アートな映画
原作「サヨナライツカ」の大ファンとしては、その映画化作品を観ないですむわけがない。
これを見るのは、制作発表の日から決めていたことだけれど、いざとなると、期待より不安の方が大きかった。

だいたい、「大好きな原作」が映画化されて「大好きな映画」になった試しなんてあっただろうか。
スクリーンの映像と頭の中で出来上がった勝手なイメージを照らし合わせたときに、あれが違う、これが違うと、比較にばかり目がゆくのは避けられない。

他人が作った映像が自分の作ったイメージを超えるなんてことは、まずないのだから。

昨年の終わりごろ、「見たい映画は?」と尋ねられて、何の思惑もなく「サヨナライツカ」と答えたら、「それを一緒に見に行こうよ」と言われた。

そうだねと約束したのだけれど、内心、少しためらいがあった。
もっと、どうでもいいタイトルを挙げればよかったと後悔した。

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# by yukotto1 | 2010-01-25 22:25 | 切ない映画
直前の連休の出来事が私の意識をいたずらにくすぐっていた、火曜スタートの一週間。
最初の二日は、どちらも夕方に大事なミーティングがあって、緊張を帯びた引力と休日明けの遠心力が駆け引きしあう、妙なテンションで過ごすはめになった。
それから解放された途端に、「映画だ。映画を観たい」と思ったのは、どうしてなのだろう。

去年はほとんど映画を観たい気分になることはなくて、友人に誘われたときか、あまりに暇な休日にしか、映画館には行かなかった。
それどころか、自宅で観るDVDでさえ、「何か他にしなければならないこと」の邪魔になるように思えて避けてきた。
その「何か他にしなければならないこと」の正体も分からなければ、実際、本当にそんなものがあったかどうかさえ疑わしいのに。

闇雲な日々はあったけれど、結局実ったものは一つもないし、なんだったんだろうと思うほど、あっという間の一年だった。
ただ、一年の終わりに、自分の心の奥の奥に、とても小さな発見があって、様々なことを肯定できる気持ちになった。

何かやったからかもしれないし、何もしなかったからかもしれない。
まあ、そういうときもある、というくらいにしか、説明ができないし、する気もない。

ともかく、私は突然、「映画を観たい」と思った。

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# by yukotto1 | 2010-01-21 23:48 | ぐっとくる映画
映画好きで、テレビ好きで、ゲーム好きな私なのに、うちのテレビはずっとアナログだった。
7年前に東京に戻ってきたときに買った、大きなブラウン管テレビだった。

アナログ地上波が停止することは知っているけれど、だって2011年7月まではこれでいいんでしょ、と、ギリギリまで粘ろうと思っていた。
北京オリンピックも、ワールドカップも、私の決意には、なんの影響も及ぼさなかった。
そう、決めていたのだ。

12月半ば、新宿で映画を観た。
映画が始まるまで時間があって、友人が新しいテレビを買いたいというのでビックカメラについていった。
家電量販店は、たまに来ると本当に楽しい。

テレビ売場には、テレビ売場なんだから当然だけれど、おびただしい数のテレビモニターが並んでいて、不景気の中にあって一際賑やかな、ボーナスシーズンの浮き足立ったムードがあった。

アガる。
わけはないけれど、これ、アガる。

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# by yukotto1 | 2010-01-20 22:08 | 迫力系映画