生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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きょうだい-おとうと-

錦糸町のレイトショーで、200ほどある座席は数えるほどしか埋まっていない。
山田洋次監督作品とあって、観客の年齢は還暦過ぎばかりだ。
そんな中で、私はひとり、席に着く。

会社帰りに「おとうと」を観て、おそらく10年ぶりくらいに映画館で号泣してしまった。
確かにいい映画だったけど、嗚咽を堪えるほど心に効いてしまったのは、私が二人の弟をもつ姉だからだろうか。

弟という存在のことは、日常の中ではほとんど忘れてしまっている。
幼いころはよく一緒に遊んだが、今は、親を想うほども意識に登場しないし、友人ほど近くもなければ、気を遣いもしない。
ただ、彼らが生まれたときから、私が姉で、彼らが弟であるという関係性だけは決まっている。

弟たちは、同じ仕事をしているせいか、互いに素直にならないし、無駄な会話はほとんどしない。
けれど、私と弟たちは、それぞれ仲がいい方だと思う。

それは、私たちと同じく3人きょうだいの、父と叔母と叔父にも当てはまるようで、父と叔父は、兄として、弟としての立場で、互いのプライドを度々ぶつけるが、姉であり妹である叔母は、頑固な男きょうだいの間で朗らかに笑って、いつも優しく、兄を立てたり、弟を守ったりしていた。

3人きょうだいは、叔母が要になっていたのだ。



けれど、あんなに元気だった叔母は、一昨年の11月、ある寒い朝、心筋梗塞で突然倒れ、帰らぬ人となった。

父は2つ年下の叔母が、どんなに愛しい妹であったかを語った。
若いときは綺麗だと近所で評判だったこと、いつも朗らかで気立てがよかったこと、嫁に行くときは盗られたみたいで寂しかったこと。

叔父は3つ年上の叔母が、どんなに優しい姉であったかを語った。
内緒で菓子をくれたこと、兄貴には言わないことも弟の自分には話してくれたこと、照れ屋で引っ込み思案だったけれど、時々姉らしい頼れる姿を見せたこと。

私の知らない、遥か昔へ遡る記憶が、このきょうだいをつないでいる。

映画「おとうと」では、吉永小百合演じる聖母のような姉と、笑福亭鶴瓶演じるどうしようもなくダメな弟の掛け合いが、くすっと笑えたり、ほろっとしたりする。
皆に迷惑をかけて誰もに煙たがられている弟だが、姉は弟を見捨てられず、弟は調子に乗って姉に甘えては困らせる。

理由なんかない。
弟だから、きょうだいだから。おねえちゃんだから。

「おねえちゃん」
いい年をした額の広いおじさんが、そう駄々をこねる姿は、滑稽なのだが愛おしい。

親が死ぬ日は、想定の範囲内だ。
悲しいけれど、いつか来ることを覚悟する。
しかし、きょうだいが死ぬ日は?

今日どこで何をしてるか、毎日何を考えながら生きているのか、弟たちのことはよく知らない。
たぶん、永遠に知らない。

でも、私たちはきょうだいだ。
同じ親をもち、構成要素がよく似た私たちは、3人の中の誰かが死ぬとき、もう一人の自分が死ぬように感じるのだろう。

そのとき、そばにいて、見送り見送られるといい。
そう思える存在を与えてくれた両親に感謝する。

「おとうと」を観ていたら、色んなことがごちゃごちゃになって、みるみると胸がつまってしまった。


おとうと(2010年・日)
監督:山田洋次
出演:吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優 他
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by yukotto1 | 2010-02-25 23:30 | ぐっとくる映画