生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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風とジプシー-ショコラ-

先週は台風が近づいて、やたらに風が強い日があった。
こういう日には、奇妙なほどに心が騒ぎ、想像力がかきたてられる。
台風の被害に合うような人もいる中で不謹慎かもしれないけれど、私の耳には「スノーマン」のテーマ「Walking in the Air」が聴こえてくる。
切なく、切なく、はかなく、いとおしい、瞬間的な命のきらめきを感じる曲だ。
イメージするだけで涙が出そう。

風はおどぎ話を連れて来る。
遠い異国のエキゾティシティを連れて来る。
子どもの頃、私が最も心奪われた物語は、イギリスの女流作家P.L.トラヴァースによる「風に乗ってきたメアリー・ポピンズ」だった。
メアリー・ポピンズは東風に乗って来る、黒髪のミステリアスな女性だ。



そこにインスピレーションを受けなかったはずはない、別の物語がある。
これもイギリスの女流作家ジョアン・ハリスによる小説「ショコラ」。
そして、ラッセ・ハルストレムがそれを原作として映画を作った。

「ショコラ」の主人公ヴィアンヌ・ロシェもまた、メアリー・ポピンズと同じように強い風が吹く日、フランスの片田舎にあるランスケネ村に現れる。
赤いマントをはおり、娘アヌークとともに、こちらは北風とともにやってくる。
映画における彼女は、やはり黒髪のミステリアスな女性。イメージもぴったりだと思うが、ジュリエット・ビノシュが演じている。

テーマ音楽に心騒ぐ。
風のエキゾティシズムと、未知への高揚感、そしてまた性(サガ)のような悲哀。そういったものが入り混じったリズムは、私の鼻の奥を刺激する。
旅に出る時の想いに近い。

この物語は、ひとつのおどき話だ。
因習に縛られた田舎の村に突如現れた母と娘が小さなチョコレートショップを開き、彼女たちの作るチョコレートが魔法のように人々の心を解き放っていく。
人間性よりも戒律や体裁が重視される世界に、自由の歓びをもたらしていく。
情熱を忘れたカップルには再び愛の灯がともり、抑圧の中で耐えるしか術をしらなかった女性は自立することで輝きを得る。
カカオの魅惑的な香り。甘い歓び。ほろ苦い感情の抑揚。
それは人生そのもの。人間そのもの。

メアリー・ポピンズが運んできたものも、まさにそれだった。
退屈を打ち破る、想像力と自由という魔法だった。

人は知らないものを恐れる。
異質な世界から訪れるものを恐れ、かたくなに過去に囚われ、変化から身を守ろうとする。
「ショコラ」においても、人を解放的にするチョコレートの誘惑を、悪魔のそれとして、村の古い人々が糾弾しようとする。
神父や伯爵がヴィアンヌたち親子を悪しきものとして村から追放しようとするのだ。

そういった比較的分かりやすい構図の中で、このおとぎ話は紡がれている。

けれど、私がこの映画に感じたのは、また別の側面だった。

主人公ヴィアンヌは、やがて村人たちに受け入れられ安住を得始める。
しかし、再び北風が吹くと、まるで血潮の命を受けるように、彼女の心は騒いでしまうのだ。
「ここにいてはいけない。旅に出なければいけない」

分かる。この気持ち、ものすごく、よく分かる。

学生時代、アルバイト先の社員の方と一緒にタクシーで移動しているとき、こんな会話をしたことを憶えている。

「私、インテリアを見るの大好きなんですけど、実際に買うとなると躊躇してしまうんです。
ここは仮の住まいであって、いつか必ず離れる場所だっていう思いが強くて。
だから、自分の生活を完全に確立しちゃいけない。
今の生活を捨てるときのために、足かせになるようなものを所有しちゃいけないって」
「へえ。そういうふうに思ったりするものなんだね。僕は思ったことないな」
「なんででしょう?私がまだ学生だからですかね?」

どうやら、学生だからではなかったようだ。
社会人になって5年過ぎても、その想いは変わらない。
今思いつく言いわけは、「私は独身だからですかね?」というものだけど、それもちょっと疑わしい気もする。

それは、「風が吹くと心が騒ぐ」といった自然現象にきわめて近い感覚だからだ。
これが結婚しているしていないとか、働いている働いていないとかいう社会的立場の変化で必ずしも止むと思えない。

自由の無防備さを恐れる人がいるなかで、逆に安定を恐れる人間もいるんじゃないか。
まさに、私のように。
それを、ジプシー気質とでも呼んだものか。

安定が安心にならないなんて、なんという不幸体質!

ラッセ・ハルストレム監督はジョニー・デップ主演の「ギルバート・グレイプ」でも有名だ。
アメリカの片田舎で障害を持った弟と過食症の母親の面倒を見ながら生活する青年の、独立願望と責任感が葛藤する物語。
「ショコラ」と共通するのは、流浪と定住の対比だ。

ギルバートの前には、キャンピングカーで絶えず土地を移動しながら生活する人々が現れる。
彼は、そういった人々に憧れ、自分もあらゆるしがらみを捨てて旅立ちたいという願望を持つ。
しかし、彼がいなくては生きていけない家族がいる。
映画の全編に渡り、彼の心は揺れる。

「ショコラ」と「ギルバート・グレイプ」は本質的には同じテーマを描いている、と思う。
外から来る者、根づくことをためらう者の伸びやかさと悲哀。
内を守る者、踏み出すことをためらう者の慎ましさと虚脱。

メアリー・ポピンズは、風向きが変わると再び旅立つ。
幼いながらに、私はそこに掻き立つ憧れと悲哀を見た。

「行かないで」
「連れてって」
「また帰ってきてね」

旅立つ人にかける言葉は様々だろう。

「さようなら」
「一緒に行こう」
「また来るよ」

旅立つ人の答えもまた様々だろう。

そのはざ間で、両者がとりうる選択も様々だろう。

旅立つ者ととどまる者が逆転する日もあるだろう。
互いが互いに想いを馳せ、互いが互いに後ろ髪を引かれながら。

かける言葉。かけられる言葉。
とる選択。つきつけられる選択。

何年か前の、明治のチョコレートのCMコピーが思い出される。
「人生は苦いから。応援したい、やさしい甘さで」


ショコラ Chocolat(2000年・米)
監督:ラッセ・ハルストレム
出演:ジュリエット・ビノシュ、ジョニー・デップ、ジュディ・デンチ他


ギルバート・グレイプ What's Eating Gilbert Grape(1993年・米)
監督:ラッセ・ハルストレム
出演:ジョニー・デップ、ジュリエット・ルイス、メアリー・スティーンバージェン、レオナルド・ディカプリオ他


スノーマン The Snowman(1982年・英)
原作:レイモンド・ブリッグス
監督: ダミアン・ジャクソン


風にのってきたメアリー・ポピンズ Mary Poppins
著者:P.L. トラヴァース
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by yukotto1 | 2004-09-10 19:27 | ハッピーになる映画