生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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太宰の耳打ち-人間失格-

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photo by hikaru

何か映画を観ようということになって、友人が提案したのが、公開翌日の「人間失格」だった。
生田斗真が主演なので、アイドル映画なのだろうかとも思ったけれど、太宰治とジャニーズという、あえての組み合わせに少し興味が湧いたので、その提案に乗ってみる。

一般受けしなさそうな映画だが、新宿の角川直営の映画館は、思いの外満席だった。
生田斗真目当てなのだろう、若い女の子のグループが多い。

彼女たちは原作を読んだことがあるだろうか。
そう思ったら、連れの友人も読んだことがないと言った。

私が「人間失格」を読んだのは、大学生の頃だっただろうか。
もう内容はだいぶ忘れた。

だけど、とにかく太宰治は好きじゃない。

ネガティブで破滅的だから。
ナルシストで自虐的だから。

私は、ああいう世界観を好きだと言いたくない。



生誕100年ということで、太宰治をネタにした映画や芝居や書物やテレビ番組をよく目にする。
彼が入水自殺をしたのは38歳のときだったそうだから、もう60年以上経つのに、いや、60年も経つからか、太宰治の熱烈なファンだという人はますます増えているそうだ。
高校時代の同級生に太宰かぶれがいて、わざと、それっぽい単語を口にしてみたり、当時の文学によくあるような仮名遣いで文章を書いたりするのが好きじゃなかった。

恋もまともに知らない、お嬢さん女子高生の人生観に、一体、どうして太宰治に心から共感できる要素なんてあるだろう。
そんなのはナチュラルじゃないし、かっこわるい。
とにかく、私のセンスからは外れている。
「斜陽」も「走れメロス」も「女生徒」も読んだけれど、そんなふうに、ちょっと過剰に意識するくらい、私はあの作家から心理的距離を置いていた。

そもそも「人間失格」というのは、どうしようもない男の物語だ。
金持ちの家に生まれた容姿端麗の男の、自惚れとコンプレックスをないまぜに抱えた、愚痴っぽいだけの、ひたすらに受身でエゴイスティックな半生。
だめな男にはだめな女がついて、だめな女がもっと彼をだめにする。

映画では、寺島しのぶ、坂井真紀、石原さとみ、小池栄子、室井滋、三田佳子、大楠道代と、豪華な女優陣が、たった一目でこのだめ男に堕ちていく。
その堕ち方が実に見事で、ある者は戸惑うように瞳を伏せ、ある者は純情にはにかみ、ある者は意志の強いまなざしを向ける。

彼女たちは瞬時に魔法にかけられて、いつまでもそれから解かれない。
利用されて捨てられても、踏みつけられてなじられても、ただただ彼に、身も心も金も命さえも差し出してしまう。
それで幸福そうに微笑む姿は、正気の人間にしてみれば、あまりに愚かで、あまりに憐れに映るだろう。
恐ろしいくらいだ。

けれど。

映画の後、友人は言った。

「実は、自分には主人公に通じるところがあるなと思った。
だから、ちょっと分かる気がした」

その一言で、私はすべて合点がいった。

これだ。これなんだな。
太宰治というのは。

私も、まさに同じことを思ったからだ。
映画を観ている間じゅう、この、だめな男やだめな女たちに嫌悪に近いものを感じながら同時に、密かに自分の中に彼らに通じるものを見つけてしまっていた。
人から愚かだとか憐れだとか思われそうで、一生懸命隠しながら生きている、自分の確かな一部が、ここに暴かれてしまっている。

人前では、できるだけポジティブなことを言おうと思う。
いじましさや、卑屈さや、思い上がりは、決して口にしてはいけない。
みんなの眼に映る私は、できる限り理想的な私でいたい。
本当は、愚かで憐れで、とてもずるいところがあるのに。
みんなに愛されるように。みんなにいいコと言われるように。

作品の序盤、中学の体育の授業、跳び箱に失敗してしりもちをつき、みんなに笑われる主人公に、一人のクラスメイトが耳打ちする。

「わざとやったんだべ」

もしも、そういうずるさを見透かされたら。

それに怯えながら、私たちは生きている。
そして同時に、そこまで見透かす存在は、救いでもある。

みんな、そんなナイーブな自分が嫌いでないのだ。
「自分は奇形である」という意識は、「自分は特別である」という自己愛の拠り所でもある。
ここが人間のやっかいなところだが、奇形扱いされたくはないけれど、本当は自分が奇形であるという事実を隠し持っていたいのだ。

ハリー・ポッターは魔法使いだと知られていじめられたくないけれど、魔法が使えること自体は誇りにしている。
自惚れとコンプレックスは、ほとんど同じものだ。
そして、隠すことはスリルでもある。

太宰治は、耳打ちする。
読者の繊細な自意識に語りかけるのだ。

太宰の作品に触れると、皆が思う。
「これは、誰も知らない私の物語だ」と。

そして、同時にこう思う。

太宰に共感したなんて言っているあの人は、本当に太宰を理解しているはずがない。
私こそがただひとり、太宰を理解する人間で、太宰に理解される人間だ。

だから、太宰にはファンが多い。
「あなただけは特別だ」と、すべての人に思わせる力が、彼にはある。

とんだ、人たらし。
そんなものに翻弄されてたまるか。

私は、あんな世界観が好きだとは言いたくはない。
そう言う私も、危うい。

結局、そういうことなのだろう。


人間失格(2010年・日)
監督:荒戸源次郎
出演:生田斗真、伊勢谷友介、寺島しのぶ 他
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by yukotto1 | 2010-03-07 23:41 | 考えてしまう映画