生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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戦場の緊張-ハート・ロッカー-

間に合うか間に合わないか微妙な時間だったので駆け足で急いで、そのせいで、鼓動が少し速くなっていた。
本編開始間際にようやく席に着いて、一呼吸つこうとしたのだが、まるきり、それは無駄だった。
心拍数は、下がるどころか再び上昇をはじめたのだ。

映画は、冒頭からいきなり緊張に満ちていた。

舞台はイラク。乾燥した砂漠の街。

爆発物処理のための遠隔操作ロボットが不具合を起こし、潜水服みたいな重装備に身を包んだ兵士が、それを直すために爆発物に近づく。
簡単な作業を終えてそこを離れ始めたとき、援護する仲間の兵士が街角に携帯電話を操作しようとする不審な男の姿を見つける。

「携帯電話を捨てろ!」
銃口を向けながら大声で叫ぶが、男は英語が分からないというふうにニヤニヤと笑っている。

防護服の兵士は走り出す。
重たい装備を揺らして、懸命に、必死に、無我夢中。

観客である私は、迫り来る爆発に身構える。



どんなタイミングで、どんな大きさの爆音が響くのか。
風船に空気を入れて破裂させるゲームみたいに、間合いを取ろうと構えるほど緊張は増していく。
その爆発があんまり突然でひどく大きかったら、私の心臓がショックで止まってしまうんじゃないかと本気で怖くなる。

もしも私があの兵士だったら、恐怖で真っ白になった頭の中、泣きじゃくりながら自分の足の遅さを恨むだろう。
彼は助かるのか。死んでしまうのか。
観客はそのとき、スクリーンの中の出来事と無関係でいられない。

そして、混乱と緊張が最高潮に達した瞬間の壮絶な描写は、私の想像を遥かに超えていた。

だけど、そういえば私は、本物の爆発に至近距離で居合わせたことなんてない。
乾いた砂粒が地表から浮き上がることも、爆心の物体が風圧で粉々に破壊されることも知らなかった。
バラバラになるんじゃない。粉々になるのだ。

爆発から逃げようとする兵士にとって最も危険なのは、炎の熱でも鋭く飛散する破片でもない。
頑丈な防護服を着ていても、爆心から一定の距離内にいれば、彼の内臓は衝撃で破壊されてしまう。
防護服がなければ、人間などは姿そのものが消えてしまうのだ。

私はそんな事実を知らなかった。
そもそも、イラクにおける爆発物処理という仕事について、想像したこともなかったのだから。

あっと思った瞬間に、命は幕切れする。
あとは何も見えないし、何も聴こえない。
何も考えられないし、何も感じられない。
死とは、無だ。

死が痛みや悲しみをもたらすのは二人称においてだけだと、著書「死の壁」で、養老猛司は記した。

一人称の死は、自分の死。
死んだ人間は自分の死を悲しめない。
私たちを苦しめるのは、死そのものではなく死の予感だ。

三人称の死は、他人の死。
自分と直接関わりのない人の死は、後を引く痛みにはならない。
人は毎秒生まれ死んでいるのだから、全ての死を一々本気で悲しむわけにはいかない。

人間が本当に悲しみをおぼえるのは、身近な人の死、つまり二人称の死だけだ。
一人称と三人称の死が本質的に無意味だということを知れば、人はかなり自由になれる。
映画「ハート・ロッカー」の主人公ジェームズは、まさにそれを達観しており、だから、無数の時限爆弾装置を発見したときも、「どうせ死ぬなら、気持ちよく死にたい」と言って、あえて防護服を脱いでしまう。

死の予感、死の恐怖、家族の存在、置き忘れた故郷、果たせない約束、届かない想い。
そんな一切のセンチメントは、何の役にも立たない。
極限状態で生き延びるためには、感傷を捨て、感情を捨てることが必要だ。
余計な葛藤で時間を無駄にしたり、手元を狂わせるわけにはいかないのだ。

これまで800個以上の爆弾を処理してきたというジェームズに上官が尋ねる。
「それほど多くの爆弾を処理する秘訣は?」
「死なないことであります」
それは、決してジョークではなく、これ以上ない正確な答えだと思う。

戦場で兵士たちは、よく冗談を言う。
シリアスになっても、いいことは何ひとつない。

ただ生きること。死なないこと。
それがすべてとなる場所が、いかに狂気に満ちているか。
けれど現実に、そういう場所がこの世界にはある。

爆風の届かない席に座りながら、戦場に身を置いたような疲労をおぼえる131分。
任務終了までのカウントダウン表示の度に、その数が早く減ってほしいと指折りしてしまう。

友人の死に動揺することもあるし、家族が恋しくなることもある。
ジェームズは普通の人間だ。
それなのに、彼がカウンターの針を戻して再び戦場を求めてしまう姿には、やはり異常さを感じずにいられない。

戦争が異常なのだろうか。
人間が異常なのだろうか。

どこか戦争という要素は、元来人間に組み込まれたもののような気がしてならない。
よく分からなくなってしまう。

この平和な日常さえ、どうして異常でないと言い切れるだろうか。
よく分からなくなってしまう。



ハート・ロッカー THE HURT LOCKER

監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ他
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by yukotto1 | 2010-03-22 18:53 | ぐっとくる映画