生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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文学部のまどろみ-バグダッド・カフェ-

大阪の大学では、文学部だった。
高校時代、もともと私は文学部志望だったのだ。
といっても、文学や歴史学や哲学がしたかったわけではなく、私の興味関心は地理学だった。

私がなぜ地理が好きか、地理学に何を抱くかという話はまた別に書こうと思う。
とにかく私は過去1年間だけ、文学部生だった。
その後、法学部に身を置いたときと対比すれば、文学部生というのは、やはり少し変わっている。



個性的で、my worldを非常に大切にしていて、思考がどちらかというと他者より自己に向いている。
情緒を重んじ、各々に大きなテーマを抱えている。
ちょっとナイーブだけど、不思議な魅力にあふれる人たち。

入学前オリエンテーションの日、私と同じ高校出身の友人Nさんが二人でいるところに、突然声をかけてきたOさんも、そんなちょっとナイーブな文学部生の一人だった。
Oさんは、背中の半分近くまで伸びたサラサラのワンレングスヘアに、スウェット、ジーンズ、スニーカーの姿だった。
スポーティな装いに、女性的な長い髪がとても大人っぽく映ったのを憶えている。

「対人恐怖症なんだよね」
知り合って早々の頃、Oさんはそう言った。
確かに、彼女はどこか自信のなさをうかがわせる、影のある表情を見せることがあった。
そんな彼女が、私たちに声をかけてきたこと自体、大きな思い切りが必要だったと言っていた。
岡山から一人で大阪に出てきて、友達もいなかったし、いろいろと不安なことがあっただろう。
大学生活を成功させるために、「人にちょっと声をかける」ということさえ、彼女には乗り越えなければならないハードルだったわけだ。
私もNさんも、地元が関西で、同じ高校から多くの人が同じ大学に入っていたので、そういう気持ちは想像の範囲を出なかったけれど。

私たち3人は、大学でよく行動をともにした。
特にNさんとOさんは仲が良かったと思う。
どちらかというと私は、一定の人たちとつるむのが性に合わないので、彼女たちとは別に、サークルやバイト、ゼミやその他、いろいろな人たちとも少しずつ仲良くしていた。
高校時代までの常に同じ仲間との同じ環境と違って、その場その場のシチュエーションで、様々な自分でいられることが、私には快感だったのだ。

夏休みが始まる頃、私たち3人はOさんの部屋で一晩過ごそうという話になった。
多くの文学部生がそうであるように、私たちは3人とも映画好きだったので、夜を明かしてビデオを観ようとレンタルビデオ屋に立ち寄った。
そのとき借りたビデオが、「蜘蛛女のキス」と「バグダッド・カフェ」。
いかにも、文学部生が好みそうなセレクションだ。

「蜘蛛女のキス」はブラジル映画。
刑務所の同じ房に入れられたテロリストとホモセクシュアルの男。性別や思想を超えて、人間愛とも言うべき絆が生まれていく過程を、挿話をまじえながら描いていく。
脚本も役者も秀逸で、観終わったときには温もりと哀しさにじっとりと浸される。

「バグダッド・カフェ」はドイツ映画。
アメリカの砂漠にぽつねんとあるカフェに、夫と別れてたどりつく太ったドイツ人女性。
彼女の大らかさ、朗らかさが、砂漠のように乾ききったカフェの人々の心に満ち満ちる泉を与える。

Oさんの部屋、灯りを消して、暗闇の中でビデオ鑑賞。
「蜘蛛女のキス」は全部観た。ストーリーも憶えている。

「バグダッド・カフェ」が始まった頃、急に眠気が襲ってきた。
少しお酒が入っていたからかもしれないし、暑い一日に疲れがのしかかっていたせいかもしれない。
そもそも、結構な深夜だった気がする。

最初は懸命に眠気と闘おうとしていた。
瞼が何度も落ちる。
暗闇の中に鮮やかに浮かぶ、青い空と砂のイメージが、幻想的に交錯する。
いずれが夢か、現実か。

その上、あの有名すぎる主題歌"Calling you"。
立ち入ってはいけない暗い淵から届くような、温もりと冷たさの入り混じった声が、まどろみにぴったりと合う。
なんとも言えない心地よさの中で、私は眠りに引き込まれていった。

そういうわけで、「バグダッド・カフェ」はまるで夢のように、文字通り、印象だけが焼きつくかたちで私の中に残った。
その後、この映画を改めて観直したけれど、焼きついた印象のせいか、あの夜のこと、そしてOさんのことをフラッシュバックのように思い出す。

Oさんには、少し厄介な癖があった。
お酒に滅法弱い。
けれど、お酒が好きだった。

彼女は飲むと、対人恐怖症が消えるのか、ひどく大胆になる。
しかも「暑い暑い」と言って、服を脱ぎ始める。
私たちがOさんの部屋で過ごした、その夜もそうだった。
そのときは女ばかりだったし、彼女の自宅だったので、服を脱いでもどうということはないけれど、それを外でも、男性がいる場でもやるのだから、困ったものだった。
あるときなど、酔っ払って正体をなくし、目が覚めると梅田駅の構内で横たわり、彼女の脚を見知らぬオヤジが撫でていた、ということもあったらしい。
友人として、不安でならない存在だったと言える。

危なっかしい彼女。
私や、Nさんだけが大学における友人と言って過言ではなかった、シャイな彼女。

でも、私は、大阪には1年しかいなかった。
そして、実はNさんも、1年しか大阪にいなかった。

私とNさんは同じ高校出身で、同じ東京の大学の受験に失敗し、すべりどめで同じ大阪の大学に入学した。
そして、私たちは、翌年、同じ東京の大学に再チャレンジし、二人そろって合格したのだ。
私とNさんは、突然、大阪を去った。

Oさんだけを残して。

当時の私と言ったら、東京での新しい生活で頭がいっぱいだったし、大学の退学手続き、入学手続き、部屋探し、引越し、様々な準備で慌しく、Oさんの気持ちを顧みるほどの余裕が正直なかった。
大阪で知り合ったほとんどの人に、ろくな挨拶もせずに、荷物をまとめて突然いなくなった、と周囲から思われても無理はない。
本当に、その通りだった。

なにしろ、東京行きが決まったのは突然のことで、自分でも十分に把握できない出来事だったのだ。
けれど、いくら言い訳をしても、私の礼儀知らず、恩知らずは、責められてもしかたないと思う。
若さとは、全くもって恐ろしい。

その後も、NさんとOさんは一緒に海外旅行をしたこともあったらしい。
トルコに旅行して、現地の美男子にモテまくり、Oさんが一言のことわりもなくトルコ人の男性と3日間行方をくらませたことがきっかけで、二人は大喧嘩をした。
Oさんの対人恐怖症は、お酒や異国情緒で逆向きに発散されてしまうのだろう。
そしてそれ以来、NさんとOさんの関係も疎遠になってしまったのだと聞いた。

Oさんは、今、どうしているのだろう。

I am calling you
can't you hear me?

まどろみの中で、若さの鋭利と彼女のことを思い出す。

I am calling you
can't you hear me?

文学部という場所に身を置いた、あの1年は、全て夢の中の出来事のようだ。


バグダッド・カフェ Bagdad Cafe(1987年・独)
監督:パーシー・アドロン
出演:マリアンネ・ ゼーゲブレヒト、ジャック・パランス、CCH・パウンダー他


コーリング・ユー・フロム・ジェヴェッタ
ジェヴェッタ・スティール

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蜘蛛女のキス Kiss of the Spider Woman(1985年・ブラジル/米)
監督:ヘクトール・バベンコ
出演:ウィリアム・ハート、ラウル・ジュリア、ソニア・ブラガ他
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by yukotto1 | 2004-10-11 01:04 | ハッピーになる映画