生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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寡黙な月-シェルタリング・スカイ-

ちょっと前のことになるけれど、友達からメールが届いた。
「休みとってモロッコ行ってました」とのこと。

モロッコ。
私が最も行ってみたい国の一つ。
そう言えば、前の会社の先輩が5月に新婚旅行で行ったのもモロッコだった。



私がその国に行ってみたいと思い始めたきっかけは、大学3年のとき。
「シェルタリング・スカイ」という映画を観たときからだった。

ベルトルッチの作品は、「ラストエンペラー」以来、遡って色々見ている。
美術映画という名がふさわしい、鮮烈な色遣い。そして坂本龍一音楽。
台詞は多くない。
けれど、無言のまま、ありあまるものを語る。

「シェルタリング・スカイ」。
ある倦怠期の夫婦がアフリカ旅行をする。
すれ違いの中で、お互いがお互いに対して裏切りを働く。
そしてそれは、回復のしようがない悲劇を導く。

人は、この作品におけるヒロインのような状況に置かれた時、何を抱えて生きるのだろう。
重みに押しつぶされそうな、そのねっとりとした暗い記憶。
どこまでも、どこまでも追ってくる。

夜道を歩けば、月がついてくる。
一定の距離感を保ちながら。
それは心強さだろうか。
それは逃れ得ない、哀しみだろうか。

私はしばらく、そんなイメージの中で漂うほど、この作品に心奪われた。
まだ学生だったときのことだ。

シェルタリング・スカイとは、夫婦の心がかろうじて通い合った最後の瞬間を、庇護するように覆っていた、広大なアフリカの空。
いたわるように抱いていた、曖昧な色の空。

当時、ちょうどヨーロッパ旅行をして帰ってきたところだったので、そのイメージとからめて詩を書いた。

-寡黙な月~コートダジュールからモロッコへ-

白き砂浜に臨む岸壁で ガラスの胸は立ちすくむ
あの人はなぜ行ってしまったのか
運命は前ぶれなく 永遠の別れを連れてきた
喪失感に凍った
泡(あぶく)と青に溶けこみたい

寡黙な月が旅人を見送る
発車まであと11分
駅のホームを賑わす雑踏も
異国の香とともに その場所を去りゆく
夜行列車のクシェットに 疲れた体を滑りこませるまで
笑うとも 怒るとも 泣くともなく
相も変わらぬ寡黙な月が 光の雫を車窓に滴らす
圧倒的な夜の蒼さのなかで
深海魚が見上げる海面に 滲む おぼろの灯(ともしび)
カーテンは遮りにならず 光を伴った潤いの青はどこまでも
旅人の奥へと染みこんでいった

心躍らす弦の音と
褐色の肌 情熱の黒髪
くすんだ白壁 石畳
坂道 太陽 出港の汽笛

ここにあの人はいなかった
眩しさに追われ 波と風に乗って
あの人は去り過ぎたあと
そして旅人は海を渡る

渇きが辺りを覆い尽くし
旅人は革手袋をはめたこぶしで熱砂をつかむ
やがて陽はその身を潜め 静寂の夜が降り始める
安堵の息を急激に冷やすのは 高き頭上の鮮明な月

対峙する
そこには旅人と月しかいなかったから

「あなたは何もかも見ている
なくしたものも あなたの透明な照度でなら
きっと見つかることだろう
旅に出たのは あの人を探すため
彼女と交わした約束が
今でも私を絞めつける 今でも私を漂わす」

月は涙を見せはしなかった
ただ憐れなる旅人の声を聞いただけ
いたたまれずともじっとしていた
全てを知っていたから
永遠(とわ)の行き着く先も全て

「たとえこの身体 この心朽ちようとも
私の苦悩はこの星を巡り続けるだけ
彼女からも 夢からも逃れられない
だから
だから私は
あらゆるものと間隔をとり
全く別個の存在として他者を見渡せる
静かで完璧な あなたのようになりたい

私が探していたのは 彼女ではなく
この愛を沈める場所でした

海の底? 砂の下?

いずれに行っても所詮同じ

私は結局 彼女に抱かれ続けたままなのです」



シェルタリング・スカイ THE SHELTERING SKY(1990年・英)
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
出演:デブラ・ウィンガー、ジョン・マルコヴィッチ、 ジル・ベネット他
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by yukotto1 | 2004-10-30 01:06 | 切ない映画