生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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誠は天の道なり-それから-

それから。

脈々と続くもの。それを区切る言葉。
連続性の中に、私たちは、あえて節目のような意味を置こうとする。

それから。

私にとっても、過去にいくつかの節目があったとすれば、その一つは高校生の初めの頃だったと思う。

私とTさんは、中学のときの同じ塾から同じ高校に入った友達だった。
高校生くらいのときは、誰でもたいていそうだろうけれど、私とTさん、それからあと数人の女友達は、学校の中では年がら年中一緒に行動していた。
それは気だるいつながりだったと思う。
何か強い価値観の共有があったかといえばそうでもなく、本当に気が合うかといえばそうでもなかった。
ただ、ちょっとしたきっかけ、学期初めの席が近かったとか、登下校の電車が同じだとか、そういうことが端緒になって始まっていた。
それは楽で、生温かい関係だった。
つかっていれば、いつまでもそこでじっとしていることが許されそうな感覚があった。



築くことにも、壊すことにも、倦怠感がつきまとう青春のもやの中にいた。

同時にそれは、恋に恋をするような年頃で、少なくとも高校生活が始まったばかりの頃は、かたちがないからこそ無限大の期待感があった。
そんな中で、好きになれそうな人を探した。

偶然だったのか、何か意図が働いたのか、Tさんと私は同じ人を好きになった。
Tさんは、その恋心を早いうちから女友達に打ち明けていた。
それを先に聞き、私はタイミングを失った。
彼がこんなことを言ったとか、笑った、怒った、優しくされた、冷たくされた、些細なことにも意味を見つけて、ありがちな片想いの楽しさを彼女が話するたび、私は何事もないようにそれに合わせた。
「へー、よかったね」とか、「がんばって」とか、とか、とか。
それが苦痛だったかと言えばそうでもない。
言葉でそうやって友達に合わせながら、そこに被害者意識もなければ、悪びれることもなかった。

なんというか、私はとても冷めていたんだと思う。

夏休みも近づく頃だったか、私は好きだった男の子から告白された。
Tさんに対して悪びれもせず、迷いもせず、私は単純にそれを喜び、切なさよりも強い興味の下で、彼と付き合うことにした。
無邪気で幼すぎる、恋愛だった。

Tさんには黙っていた。
いつか言うつもりでさえなかった。
深い考えはなく、狭い学校という環境の中で、色々ともめるのがめんどくさかったのだ。
本当に、ただそれだけ。

それでもいずれ、噂やなにやでTさんは感づいた。
そしてそれとなく、彼女は「彼のことを好きか。彼と何かあるのか」と訊いた。

こともあろうか、私は白を切った。
動揺を隠しながらも、平然ときっぱりと「何もない」と言い切った。
疑念がそれで晴れたわけではなかっただろうけれど、Tさんはそれ以上詰め寄らず、私たちは今までどおり、一緒に登下校し、お弁当を食べた。
関係はあえて維持された。暗黙の中に。鬱積を抱えながら。

無責任で無神経な幼い恋愛は、予想通りそれほど長くは続かずに終わった。
私自身が大した理由もなく心変わりした。
結局それは友達を裏切るほどの価値もない戯れの結果だった。

高2の球技大会の日。
私たちはバレーボールコートの脇に腰を下ろして何かくだらないおしゃべりをしていた。
Tさんは、おもむろに武者小路実篤の「友情」を読んだことがあるかと訊いた。
「ない」と答えた。
本当だった。

Tさんは私以上に文学少女だった。
彼女の読書量は相当のものだったけれど、好むのはもっぱら日本の純文学だった。
それも昭和初期までのクラシカルな作品ばかり。
彼女は、クラシカルな時代に執着に近い憧れを抱いていて、当時の空気や価値観を現代の自分たちにまで当てはめようとするところがあった。
私がそんな彼女の偏った読書趣味を非難すると、しょっちゅう議論になった。

「友情」の主人公は親友と同じ女性を好きになる。
親友は主人公にぬけがけする。

そんな話を聞きたくなかった。
Tさんの「友情」のストーリーに関する説明を、まともに聞く気にはならなかった。

自分の中にそんな卑怯さがあることさえ、驚きだった。
そこまで逃げなければいけなかったのは、状況を追い込んでしまっていたのは、なんだったのか。
中学までの私は優等生で、様々なルールの中で、それを自分がはみ出すとは思いもよらなかった。
まして友達を裏切るなんて、私がそんなこと、やるわけなかった。
なのに結果としては、悪びれさえもせず、平然と私はそれをやってのけた。

いろんな言い訳を並べてみても、同じこと。
エゴと残酷さの内在は、否定のしようがなかった。

それ以来、悶々としたものが横たわるようになった。
自己肯定と否定の間に、割り切れない理想と現実があった。

そこに一筋の光が差したのは、高2の冬、夏目漱石の「それから」に出逢ったときのことだ。
それはまさに、救いの一冊だった。

主人公代助は親友の妻を好きだった。
親友を想い、好きと言い出せなかったために、親友がその女性と結婚したのだ。
しかし、親友の妻が病床に伏す段になり、代助は彼女もまた自分を愛していると知る。
当時は法にさえも触れる関係。
代助は苦悩し、やがて狂気に浸されたように、あらゆる財産や人間関係、暮らしの全てを捨ててでも、その心に賭そうと決めていく。

「誠は天の道なり。人の道にあらず」。
代助が見合いを勧める父親と談判するとき、床の間に掲げてあった額の中の言葉。

囚われている自我は何か。
己の真実をなぜ直視しないか。

私の中に横たわるものは、人の道、つまり道徳やルールでは測れない。
それよりも、何よりも、本当に従うべきものは何か。
今ある自分の弱さ、醜さも認め、そこを超えていくのか、飲み込んでいくのか。
あるいは、認め、愛してみるのか。

いずれにしても、人はどんな姿でも否定して消し去ることはできないのだから、まずはあるがままを受け入れるところから始めなければいけない。
そこからしか、始まらない。

小説の中では、こう表現されている。
「煙草屋の暖簾が赤かった。売出しの旗も赤かった。
電柱が赤かった。赤ペンキの看板がそれから、それへと続いた。
しまいには世の中が真赤になった。
そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと炎の息を吹いて回転した。
代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した」

クレイジーに浸される主人公。
そこまでして従いたかった自らの心の声。
そこには、あらゆるものを凌駕する、覚悟がある。
罰を受けても。傷を負っても。

逆を言えば、その選択は、他人や自分を傷つけてまで貫いてしかるべきほどのものなのかどうか。
その価値があるほどの、いたたまれない思いなのかどうか、その判断を避けては通れないはず。

自分を見つめるとはそういうことだと知った17の冬。

場合によっては、他者を傷つけてでも手に入れるべきものもあると思う。
しかし、それはそれだけの価値が本当にあって、そのためにどんな結果が起き、罰を受けたり孤立したりしても、決して後悔しない、その覚悟があるときだけ。
精神の自由とは、その上に成り立つ。
(以前に、違法性論について書いたこともあるけれど、私が結果無価値を支持するのもそういった背景がある)

罰も恐れぬほどクレイジーに身を浸せるような対象に出逢うなんて、なんと幸福なことだろう。
代助に対して憧れさえ抱く。
それは社会には奪えない、根源的な自由。
けれど、軽率に人を傷つけるなんて、最低のこと。
あるいは、命を賭すほどの決断の価値が、浅薄で無邪気な行為と同様に扱われかねないこと自体が、冒涜だ。

その年、私は「それから」について読書感想文を書き、賞をいただいた。
内容の主旨は、ここに書いたようなことだ。(Tさんのことなど個人的具体的なエピソードを書いたわけではなく、あくまで本書についての感想)

全校生徒に配布されたその文章を、Tさんも目にしたはずで、そう意図したわけではなかったものの、彼女にしてみれば、「友情」に対して「それから」で応えたと感じただろう。
私の真意は伝わっただろうか。

私はその後も、長く「友情」を読むことができなかった。
確か初めて読むことができたのは、大学を卒業してからだ。

「友情」の主人公は、ある女性を好きになるが、その女性は彼の親友のことを好きだった。
親友は、主人公のことを想い、彼もまた同様に好きだったその女性への気持ちを断ち切るためにドイツに留学をする。
しかし、女性は親友を追ってドイツに旅立つ。
それを親友は拒むことができなかった。
主人公が、その親友を許したのかどうかまでは語られていない。

Tさんが、バレーボールコートで伝えたかった主旨も、今となっては、分からない。

ところで、「それから」は映画化されている。
松田優作が主演し、藤谷美和子が可憐で儚い人妻を演じているが、これがまた、珠玉の日本映画と言っていい。
漱石の精神世界を見事に映像化し、もたれかかったような苦悩と鬱積を見せつけている。
先の「赤の世界」を象徴的に用いた、崩おれるクレイジーのイメージを、主人公の影法師を赤い色に映し出すことで表現したことに、驚きと感動があった。
それは非常に強い印象で、私の胸には、あのシャッポをかぶった愚かな男の影のかたちが今も残り続けている。




それから(1985年・日)
監督:森田芳光
出演:松田優作、藤谷美和子、小林薫他


それから
著者:夏目漱石
出版社:岩波文庫


友情
著者:武者小路実篤
出版社:岩波文庫
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by yukotto1 | 2004-11-19 00:59 | 切ない映画