生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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15番ゲートの待ち時間-グッドナイト・ムーン-

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天気の良し悪しが、その街の印象に与える影響は大きい。
8年も前になるけれど、初めて訪れたローマは雨続きで、その上風邪を引いて寝込んでしまったため、どうもいい印象が残っていない。

そういう意味では、今回訪れたカターニアは海と空をめいっぱい輝かせる、すがすがしい天気が続いたので、その街を好きになる理由はそれで十分足りた。



カターニアの背中には、ヨーロッパ一の活火山がそびえ立つ。
白い雪を山頂にかぶるエトナ山は、富士山と同じく美しい円錐状。
空港の正面エントランスから振り返り仰ぎ見れば、その日のエトナ山は雄大な裾野を広げていた。

「ああ、気持ちいい」
胸透くような空気の味。

ミラノ行きの飛行機が2時間も遅れ、15番ゲートの待合い椅子で、この旅3冊目の本「夏の終わり」を読んだ。
瀬戸内晴美こと寂聴による自伝的短編集で、ちょうど旅に出る前、親しい友人がこの著者の話をしていたのをきっかけに、自宅の本棚で未読のまま並んでいたこの本のことを思い出し、鞄にねじ込んでおいたのだ。

瀬戸内寂聴は、まだ女学生だったときの見合い結婚で夫とともに戦時中の北京へ行き、敗戦で帰国した後、6つ年下の青年と不義の恋に落ち、夫と4歳の一人娘を捨てた。
しかし、その犠牲の上の恋さえ短く終わり、彼女はやがて妻子ある男性との8年に及ぶ関係に身を賭した。
そういった体験を、彼女は、様々な角度と切り口で露わなものにする。

昭和30年代。
時代に対して壮絶すぎる選択と人生に、渦巻くエゴと悲哀と、生々しい魂の謳歌が聴こえる。
迫り来る老いの下での女の怯え。
矛盾もなく内在する屈託ない明朗さと、断ち切れぬ業の深さ。
読み進めて湧き起こるのは、目を背けたい気持ちと、落下していきたい気持ちの両方。

あまりにも、リアルだ。

生きることの疲労感かのように、読むだけで疲れが襲うので、時折、深呼吸をして顔を上げ、辺りを見渡してみる。
そうすると、待合席の面々も、待ちくたびれてため息をつくのが目に入る。

何組かの家族が連れ立って来ているらしい、小さな子どもが何人も退屈まぎれに声を上げては人ゴミの中を駆け回ったり、大人にちょっかいを出している。
ようやく歩き始めたばかりの足元もおぼつかない幼女が、ママの膝の上に全身でダイブして甘えれば、その兄かいとこの男の子が父親のセーターを引っ張っている。

やがて、私の真向かいに座ったママは、大騒ぎではしゃぐ子どもたちを「ちゅうも~く!」といった声を上げて呼ぶと、自分を囲ませるように彼らを座らせた。
ママが何かゲームをするらしい。

「ほらほら、見て見て」
口元を指差すママ。
行儀良く座って、一心にママを見つめる子どもたちの視線。

ママは何か言葉を発音するようにゆっくりと口を動かす。
だけど、声を出さない。

子どもたちはうーんと考えて、はっと瞳を輝かせたかと思うと、次々と手を挙げてママが言っている言葉を大きな声で言い当てる。
ママは「せいか~い!」と言いながら、子どもたちの顔を両手のひらで包み、愛たっぷりのキスをする。

その微笑ましい光景は、映画「グッドナイト・ムーン」を思い出させた。
スーザン・サランドン演じる母ジャッキーは子どものためにキャリアを諦めた完璧主義の専業主婦。
しかし、父はその母と離婚する。
ジュリア・ロバーツ演じる父の新しい恋人イザベルはキャリアに生き、子育ての経験もないファッション・フォトグラファー。
そして、2人の子どもたちは、実の母であるジャッキーを愛し、イザベルのことは受け容れようとしない。

しかしジャッキーは、ある日、自分がガンに冒され残りわずかな命だと知る。
母として彼女は、自らの末路を隠したまま、子どもたちにイザベルを新しい母として受け容れることを諭し始める。

母の愛というものを描いた作品の中では、私にとって最も心に残るものの一つだ。
ジャッキーの母性は、押しつけでなく、子どもたちと同じ目線にあり、また大きな愛に満ちている。
試行錯誤しながら自分なりの母としてのあり方を手探りするイザベルの姿もまた、厚い母性に満ちている。

「古きよき」理想の母親像なんかじゃ測れない、本当に等身大の、母。
子どもから見たときの母親というより、同じ女性として「母になっていく」過程を見る想いもする。

「夏の終わり」と「グッドナイト・ムーン」。
15番ゲートの待ち時間、リアルな生き様が交錯してよぎった。

ようやくテイクオフした飛行機の窓の外には、エトナ山の雪が埋もれるように、今まで見たこともないような美しい雲海が遥か彼方まで広がっていた。


グッドナイト・ムーン Stepmom(1999年・米)
監督:クリス・コロンバス
出演:ジュリア・ロバーツ、スーザン・サランドン、エド・ハリス他


夏の終わり
著者:瀬戸内晴美
出版社:新潮文庫
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by yukotto1 | 2005-01-02 23:48 | 切ない映画