「ほっ」と。キャンペーン

生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28

忘れられないこと-シャイン-

私が仕事中によく聴く曲の一つ、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。
この曲、繊細な旋律でもって、ほど良い高揚感をもたらしてくれる。
深夜の仕事などにはもってこいだ。

クラシックにそう詳しいわけではないけれど、私がこの曲を好んで聴くようになった背景は、名作との呼び声もふさわしい、映画「シャイン」。
オーストラリア出身の天才ピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴッドの半生を描いた物語だけれど、いわゆるミニシアター系映画の中でも比較的多くの人が知っている、有名な映画だと思う。



主人公デイヴィッド・ヘルフゴットは貧しいユダヤ人家庭に生まれ、厳格な父の過剰な愛の下、幼い頃から厳しいレッスンを受け、天才ピアニストの称賛を得ていく。
デヴィッドがピアノを大好きだったかと言えば、それはよく分からない。
ただ、彼には才能があった。
家族と父の多大な期待に、ひたすら応えねばというプレッシャーの中で彼は弾き続けた。

「この世で自分以上にお前を愛すものはいない」
父のその言葉は、呪いのようだったと、デイヴィッド・ヘルフゴッド自身が後に語っている。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。
それは、デイヴィッドが父からいつかこれを弾きこなせと言われ授かった曲。
ピアニストにとって、最も難しいと言われている曲だ。

父の愛から逃れるように、イギリスの音楽学校へ留学したデイヴィッドは、猛特訓を重ね、コンクールで父との想い出の曲ラフマニノフに挑戦をする。

まるで何かがのりうつったかのような、陶酔の鍵盤。

完璧な演奏が拍手喝采に包まれたとき、デイヴィッドはステージに倒れた。
精神を、侵されてしまったのだ。

そしてそれから、彼の苦しい旅が始まる。

なんとも美しい映画だ。
天才の輝きと、哀しみが鮮烈に描かれる。
愛の力が、再起を支える過程も美しい。

高校1年のとき、同じクラスにK君という男の子がいた。
彼とは、中学のときの塾が同じで、実家も比較的近かった。
K君は中学でテニス部のキャプテンをやるような活発な男の子だったけれど、私たちが属していた塾の特別クラス(たった5人のクラスだった)が彼以外全員女の子だったせいもあり、彼は塾では一心に勉強をしていた。
ものすごくがんばったので、彼の成績はぐんぐん上がり、高校受験では学年4位で合格を遂げた。
私も内心、すごいなあ、と彼の努力を尊敬していた。

そうやってがんばった分だけ成績が上がるということが、K君の大きな自信であり快感であったらしい。
同じ高校に入学して同じクラスになった彼は、その後も全力疾走で勉強をし続けた。
高校1年の1学期から、である。

大体、そんな時期は、高校生活への夢や憧れでいっぱい。
遊びたい、楽しみたい、恋愛がしたい、というのが普通のはず。
けれど、彼の目標はいきなり東大理科Ⅲ類(医学部)で、休み時間も放課後も、平日も休日も、まるでとり憑かれたように学問に没頭した。

その甲斐あって、1学期の中間テストで彼は学年トップになった。
職員室の隣に貼り出された順位表の一番上には、K君の名前が記され、彼は得意げだったし、クラスの誰もが彼に一目を置くことになった。

でも、こう言っては何だけれど、彼はどちらかというと秀才であって、天才ではなかった。
クラスには、彼ほど勉強をしなくても、成績で2番につける男の子もいた。
中間テストで1番をとったK君は、半ば追われるような気持ちで、強い焦りの中、走ることになっただろう。
そして彼は、ますます加速していく。

彼と中学の塾が同じだった私と、他の女の子たちは、彼のがんばりを冗談半分に「アリとキリギリス」になぞらえて「アリもがんばりすぎるとヘタル」などと揶揄しつつ、正直なところ少し心配していた。
あんなスピードで高校3年間、もつはずもない、と。

そして、7月の期末テスト初日。
彼は学校を休んだ。

私たちは、彼の身内に不幸があったのではないかと勝手に案じ、「あんなにがんばって勉強してたのに残念だね」などと言っていた。
それは、本当に、気の毒だと思った。

期末テスト2日目、3日目、彼は来なかった。
残りの日程に、一日も来なかった。

それどころか、それから彼は学校に来なくなった。
一日だけ、夏期講習に顔を見せたけれど、もうそれきり。
夏休みが明けても、学年が変わっても、一度も彼は来なかった。

彼は、もう、勉強ができなくなってしまったのだ。
笑い事じゃなく、勉強をしすぎて彼はキレてしまったのだ。

今の時代で言うところの、「引きこもり」というやつだろうか。
彼は通常の社会で生活することさえ拒んだ。
もう高校にも行かず、大学受験などもちろんせず、働きもせず、友達も作らなかった。

後で聞いたところでは、頭に良くないからと過度な食事制限をしたり、勉強するときにはどんな季節にも冷房をつけて頭を冷やすとか、かなり極端なことをやっていたらしい。
そして、彼の場合にもやはり、とても厳しいお父さんの影響があったらしい。

私たちのクラスは、K君がいなくなった後、彼なんて最初からいなかったみたいに過ごした。
彼の名前を口にする人はいなかった。

高校を卒業してから「K君っていたよね」と私が同級生に言っても、憶えている人がほとんどいない。
確かに高1の1学期間しかいなかったけれど、だとしても、みんな忘れてしまったんだろうか。

私は忘れられない。
K君が今、どうしているか知らないけれど、彼が尊い愛に出逢って、幸せに暮らしているといいと思う。


シャイン Shine(1995年・豪)
監督:スコット・ヒックス
出演:ジェフリー・ラッシュ、ノア・テイラー、アレックス・ラファロヴィッツ他
[PR]
by yukotto1 | 2005-02-06 01:22 | 泣ける映画