生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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ミュージカル映画考-マイ・フェア・レディ-


「オペラ座の怪人」をご一緒した方から、そのサントラをいただいた。

映画のサントラというのは、単調なinstrumentalが多いので、聴いていると退屈なことも多いのだけれど、これは別格。
全編フルオーケストラ、高らかなオペラ。
映画の中の台詞も随所に入っているので、印象的なシーンを思い描くこともできる。

CASTを見てみると、Carlotta役のミニー・ドライヴァーだけが吹き替えで、あとは全部実際に歌っているらしい。



ジェラルド・バトラーにしても、エミリー・ロッサムにしても、「タイムライン」や「デイ・アフター・トゥモロー」といった大作で主役級を務める役者で、決して「歌専門」というわけではないのに、あれだけ歌いきってしまうのだから、世の中には多才な人がいるものだと感心する。

ミュージカル映画として最も有名な作品の一つ、オードリー・ヘップバーン主演の「マイ・フェア・レディ」では、オードリーの歌が全て吹き替えであるというのは有名だ。
歌っているシーンがとても多いので、全編の半分以上、彼女の声は聴けないということになる。

それでも、この映画を観るのなら、歌というより、衣装や舞台の豪華さ、華麗さ、オードリーの愛らしさ、優雅さの方が随分楽しめると思う。

個人的な好みでは、古いミュージカル映画というのは正直言って、あまり面白いものではない。
なにより肝心の音楽がまるきりモノラル仕様で、何だか間延びしている。

まるで・・・PTAご推薦みたいな臭いがするのだ。

そんなわけで、ミュージカル映画好きといっても、私が好きなのは、「シカゴ」や「ムーラン・ルージュ」、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」、「クレイドル・ウィル・ロック」のような90年代以降のエキセントリックな作品群。
これらの作品は往年の同ジャンルのものとは随分味つけが違うし、こういうふうに見ると、映画における表現というのも進歩しているのだなと感じられる。

ところで、「マイ・フェア・レディ」は、訛りのひどい下流階級の女性が言語学者のレッスンを受けて、立派なレディになっていく物語。
ジュリア・ロバーツの「プリティ・ウーマン」は、この「マイ・フェア・レディ」のオマージュとも言われている。(ダービーを観に行くシーンなどは象徴的)

見事だと思えるのは、話し方と身のこなしの変化によって、みるみるうちに美しさを手に入れていくオードリー。
顔の作りやスタイルにおいては究極的なほどのオードリー・ヘップバーンでさえ、そこにエレガントな挙動と口調が伴わなければ、決して魅力的には映らない。
逆に言えば、優雅さを醸す最大の要素は、その人がどう振舞うか、どう語るかに依存するのだなと感じる。

美しさを形づくるものが、とても複層的であることを見せつけるこの作品に、女性として、我が身を振り返って反省しきりになってしまう。

「マイ・フェア・レディ」のテーマである「踊り明かそう」は、耳に憶えが良く、なんだか音楽の教科書にでも載っていそうな曲。
今夜の帰り道、なんとなくメロディを思い出して口ずさんでみた。
オードリーの少し低めの柔らかい声をイメージして、彼女が実際に歌ったらどんなだったのだろうと想像してみたけれど、よく分からない。

彼女がかわいらしく、ネグリジェを着て歌い踊るシーンばかりが蘇る。
あれは素敵なシーンだった。

それからすぐに、また「オペラ座の怪人」のメロディが戻ってきた。

ファントムの声は、本当にセクシー。
物悲しい響きに、胸が締めつけられる。

音と映像、それから感情のリンク。
ミュージカル映画の魅力もまた複層的で、一粒で何度でも美味しい。



マイ・フェア・レディ My Fair Lady(1964年・米)
監督:ジョージ・キューカー
出演:オードリー・ヘップバーン、レックス・ハリソン、スタンリー・ホロウェイ他
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by yukotto1 | 2005-03-30 02:01 | ハッピーになる映画