生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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淡い季節-四月物語-

今年初めて素足にサンダルを履いてでかけ、ビニールシートの上で足の裏が土で汚れるのを少し気にしながら、のどかな桜を楽しんだ。
昼過ぎから始まった宴には、入れ替わり立ち代わり人が訪れた。
缶ビールを、ちょっとずつ口に運びながら、見慣れた顔ぶれや、初めての顔ぶれに挨拶する。

原宿駅で降りることは年に数回だけれど、代々木公園へ向かう道は格段と混んでいた。
外国人の姿も多く、コスプレ系の女の子たちや、路上ライブをする人たちや、スケボーからロカビリーまでめいめいに楽しむ人がいた。

公園の入口の脇で物陰に隠れるように、高校生くらいの女の子が3人並んでピアニカを吹いていたのが印象に残った。
誰かに見せるパフォーマンスのようでもなく、純粋に練習をしているように見えた。



中学生の頃、世の中は「イカすバンド天国」などが流行ったいわゆるバンドブームで、友達にのせられて私も幾つかの「タテノリ」バンドが好きだった。
あの頃は、「PATI PATI」のようなバンド雑誌を読んだりしていて、行ったこともない東京の代々木公園界隈に存在するというバンドの聖地「ホコ天」に、西遊記の「ガンダーラ」か何かみたいに憧れの気持ちを募らせたものだ。

私が東京に来るよりも前に代々木界隈の歩行者天国はなくなってしまったので、当時の様子がどうだったかを正確には知る由もない。
さぞかし賑やかで壮観だったことだろう。

花見日和の賑わいに、思い馳せてみた。

私が初めて東京で暮らし始めたのは、ちょうど10年前。
桜の咲く頃だった。

入学式の数日前、大学の履修届を出しに行き、初対面のクラスメイトたちと出逢った。
いろんな地方から上京してきたばかりの子や、東京育ちの都会の子。
浮き立つ期待と、戸惑いと、それから密かなプライドもあった。
恐る恐る手探りに、私たちは言葉を交わした。

その日撮った集合写真を見ると、みんなびっくりするほど若い。

なんだったんだろうなあ、あの感覚は。
あの、くすぐったい、やわらかい感覚は。
思い出すだけで、切ない気持ちが胸いっぱいになる。

もう二度と戻らない、淡い季節。
ハンカチに包んでしまっておきたいような季節。

そんな季節と空気感を宿すのが、松たか子主演、岩井俊二作の短編「四月物語」。

地方から大学進学のため、上京してきた女の子。
桜の中で両親に見送られて旅立ち、アパートに家具を運び込む。

高校では友達が多くておしゃべりだったのに、東京にはまだ知り合いもいないので、自然無口になる。
無理にでも友達を作ろうと、合わない話を合わせようとする。
ずっと家族と暮らしてきたのに、突然ひとりきりの部屋で「さあ、生きていきなさい」と放り出される。

慣れない料理を覚えることにする。
何を作っていいか分からないので、とりあえずカレーを作る。

大学の門から講堂までの道のりで持ちきれないほど、サークルの勧誘ビラをもらう。
アルバイトを見つけるために、求人誌を買う。

最初のドイツ語の授業。
ゼミの選抜面接。

生協の本屋。平積みの教科書。
学食のトレー。レジに並ぶ列。

この作品を観れば、誰もがハンカチから思い出を丁寧にほどくような気持ちになるだろう。

桜の下の人の群れ。
賑やかで、楽しげ。
そこにいる人の分だけ、人生や生活があると思うと不思議な気持ちになる。

100年前にはたぶん、ここにいるほとんど全ての人がこの世に存在しなかった。
100年先にもたぶん、ここにいるほとんど全ての人がこの世に存在しないだろう。
でも、今は生きている。

桜の下で。

花見日和の日曜日。

四月の空は青く透き通り、桜の花びらが風に舞ってらせんを描く。
らせんを描いて上っていく。

ゆっくりゆっくり上っていくのを、眺めていたら笑みの端から懐かしさがこぼれた。


四月物語(1998年・日)
監督:岩井俊二
出演:松たか子、田辺誠一、藤井かほり他
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by yukotto1 | 2005-04-12 00:09 | しっとりする映画