生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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秘密の園-ロスト・イン・トランスレーション-


ここのところせわしなく、ブログの更新もままならない。
いつも思い立ったときや時間のあるときにメモ帳に書き留めておいて、随時完成させてuploadしている。
けれどその、「時間のあるとき」がほとんどなくて、あるいは、書き始めても注意が散漫になったり、タイプする手が止まったりする。

理由は疲れだったり、眠気だったり、アルコールだったりする。

とにかく、せわしない。



きのう今日と、1泊2日で箱根に行った。
残念ながら会社の研修旅行なので、「ゆったり」というわけにもいかない。
勉強会や、飲み会や、座談会やなんやらかんやら、お付き合いがある。

せっかくの、箱根なのに。

唯一の救いは、女性が私ひとりだったので、お風呂と部屋が私だけみんなと別だったこと。
しめしめとばかりに露天で長風呂する。
雨が上がったばかりの湿った夜の空気が気持ちよかった。

けれど、湯上りはまたお酒を飲みつつ深夜までお付き合いがあり、ひとりの部屋を楽しむ余裕まではなかった。
その上、今朝は10時にオフィスに行かなければならない用事があり、朝風呂もままならず、8時には旅館を出て箱根登山鉄道に乗った。

季節のせいか、朝の光は優しい。

出発ぎりぎりに乗りこんだ小田原行き、最後尾の車両。
といってもほんの3~4両しかない。

私の向かいには、大きなスーツケースを3つも携えた、白人の夫婦が座っていた。
私の左隣には、小さなクルクル髪の白人の女の子。
見た目の年の割にはあまりにも分厚い外国語の本を読んでいる。
タイトルがちゃんと見えなかったけれど、なんとなくハリー・ポッターの表紙みたいな感じだった。

少し前にDVDで観た「ロスト・イン・トランスレーション」のことを思い出す。
望まない旅先の日本で出会ったアメリカ人の男女。
静かで静かで、プラトニックな恋の物語。

男は結構有名な中年の映画俳優、家庭では良き父親。
ウィスキーのCM撮影のために来日する。
ホテルの部屋のFaxには一日に何度もアメリカの妻からカーペットの色の相談が届く。

女はイェールの哲学科を出たばかりの若い人妻。
カメラマンの夫の出張に同行してきたものの、忙しすぎる夫に構ってもらえず、暇と寂しさをもてあましては、部屋をちらかす。

違和感を禁じえないのは、登場する日本人が皆、極端で、愚かなこと。
けれど、そこは、外国人の目はそんなデフォルメされた印象を映しがちであることを、かなりさっぴかねばならないだろう。

その点は、随分大目に見るとして、全体としてはある意味リアルな映画だった。
文化や言葉や慣習になじみのない世界に放り出されたときの、心細さや困惑や、孤独やそぞろな気持ち。
溢れるほど人がいても、自分だけが異分子であることを100%自覚できる、秘密の花園。

年の離れた、そしてモラルを背負った男女が、惹かれていく気持ちを慎ましく忍ばせ、微妙な揺らぎの中で見つめあうこと。
混沌の中で、手をつなぎあうこと。
限りある永遠に、はしゃいでみること。

男が最後に耳元でささやいた言葉がなんだったか。
女に微笑をもたらした言葉がなんだったか。

雑踏。新宿。もしかしたら、エデンの園。

つまるところ、その瞬間へのイマジネーションで、この映画は語りつくされてしまう。

箱根登山鉄道。
隣に座った女の子が向かい側のシートに移った。
相変わらず、本を読み耽っている。

あの子の目に、どんな日本が映るのだろう。

私はふっきれない眠気にまた襲われた。



ロスト・イン・トランスレーション Lost in Translation(2003年・米)
監督:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン、ジョバンニ・リビシ他
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by yukotto1 | 2005-04-26 00:56 | アートな映画