生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

高く跳べたら-美と神秘のプリマ シルヴィ・ギエム-

GW最後の日曜日。
正確に言うと、私にとっては既にGWは明けており、その週末は土曜も仕事した、その翌日の日曜日。
一月にバレエを観に誘ってくれた女性と会って、自由が丘でランチした。

動いていく日常や、たゆたう感情や、陽の差す思いつきや、陽の陰る戸惑いについて、徒然と言葉を交わす。



「私、プチダイエッターだから」という彼女は、毎日5kmのジョギングをしていると言う。
「でも今日で終わり」と言うから、「どうして?どのくらい続けてるの?」と訊いたら、「だってGWの間だけだもん」と笑う。
i podを買ったからジョギングができたという話に、私もi podでダイエットができるのかな?などと全くわけのわからない思いつきがよぎって、アホらしさを自嘲する。

自由が丘の改札で会うなり、彼女は「信じられないんだけど!」と声を挙げた。
電車の中で偶然高校の同級生に会い、その同級生が自由が丘でちょうど同窓会をやるから、とのことで、彼女はそこに少し顔を出したのだと言う。

卒業以来、10年ぶりらしい。

彼女が卒業したのは横浜にある女子高で、名前を聞けば「ああ」とうなづくお嬢さん学校だ。
久しぶりに会った同級生の印象を尋ねると、「シャム猫を抱いてるみたいだった」と言う。
「もともと私はあの環境になじめなかったから。大学の方がずっと居心地が良かった」
彼女は早稲田大学を卒業しているけれど、確かになんとなく、早稲田っていう感じがしっくりくるタイプだ。
元気があって、サバけていて、どっしり肝が据わっている。

彼女の言うところの「シャム猫を抱いている」は、そのままイメージすると、ハイソでリッチなコマダムを連想させるのだけれど、どうやらそればかりではないらしい。
「誇りが高くてがんばり屋」という感じらしいのだ。

「女ばっかりしかいないから、がんばっちゃうのよね」
「つまり、誰かが男の役をやらなきゃいけないってこと?」
「そう。みんな何かの長とかやらされるの。自己主張することを教え込まれるし。
私って、がんばりたくない人だったから、なじめなかったのよ」

へえなるほどと思う。

私はと言うと、兄弟は男ばかりだし、高校は8割が男子という共学校だったし、大学は50人のクラスに女子学生は7人きりだったし、今の職場も私と同じ職種の女性はたった5人しかいない。
まるきり男社会における稀有な女性として、得も損もしながら、それを当たり前に生きてきた。

これだけ男社会に慣れると、女性しかいないというのは、考えただけでぞっとする。
というのは、私は女性に対しての方がずっと気を遣ってしまうから。
女性からの視線の方が気になってしまうし、「ちゃんとしなきゃ」という気持ちになる。
だから、女子校では皆ががんばってしまうというのは、よく分かる気がする。

男社会で働いている女性が男性に張り合っていると感じるとしたら、おそらく誤解だ。
そんな時代もあったかもしれないが、女性は多くの場合、同性からの目を気にしていると思う。

それは、もうひとりの自分が見ているような感覚にも近い。

彼女の言葉はそのうちに「シャム猫を頭にのせている」という表現に変わっていた。

「シャム猫を頭にのせている」

想像しただけで可笑しい。
でも、ぴったりな感じもする。
私はこの言葉が気に入った。

彼女は自分のことを「がんばりたくない人」だと言っていたけど、本当は「でも、がんばってしまう人」だと思う。
彼女なりのやり方で。

私たちは何気なく生きていて、そのくせ度々、目に見えないものに押し潰されそうになる。
それが他者なのか、自分自身なのか、そんなことさえ分からないけれど。

ランチの後、駅で別れるとき、彼女が私にDVDをくれた。
「プレゼンの前とか、プレッシャーが強いときに観ると励まされるの」と彼女が評したそれは、現代バレエ界最高のプリマ、シルヴィ・ギエムを取り上げたドキュメンタリーだった。

「ありがとう。またバレエ観に行こうね」と言って別れる。
本当にまた観に行くのを、楽しみにしている。

今夜、少しだけ時間ができたのでそのDVDをやっと観た。

シルヴィ・ギエム。
信じがたいほど美しい肢体。
鍛え抜かれた全身の動きは、この世の誰でも演じきってみせる、この世の何でも表現してみせる、という強い自信にみなぎっている。

思わず釘付けになる。
クラシックもモダンも、あらゆるダンスをこなし、全てで異なる表情で観客を圧倒する。
迫るほどの感情にたじろぐ。

放たれるオーラ。
指先まで宿る、完璧な存在。
けれど、孤独を見せつけるダンサー。
誰も及びつかない場所で、ただひとり世界の果てを手に取ろうとしている。

憧れの、ひと。

そしてまたインタビューに応える彼女の言葉も印象的だ。

意志の力強さと、情熱の棲家。
一流の人の、才能が輝く瞬間と、素顔が輝く瞬間。

「舞台の上では自由。誰にでもなれる。舞台の上で私が何をしても、私自身は決して否定されない」

その潔さが持てたら、彼女のように優雅に高く、跳べるだろうか。


美と神秘のプリマ シルヴィ・ギエム(2004年・英)
振付:モーリス・ベジャール、ウィリアム・フォーサイス他
出演: シルヴィ・ギエム
[PR]
by yukotto1 | 2005-05-22 02:47 | アートな映画