生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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君が生まれるよりも前に-スター・ウォーズ/シスの復讐-


一言で言えば、ものすごく切ない。
あまりにも、あまりにも切ない。

いまだかつてないほど感情が大きく揺さぶられる作品で、涙なのかため息なのか叫喚なのかなんなのか、説明のつかない湧き上がる感覚を抑えるのに懸命だった。
ラスト30分は、苦しいくらいでずっと胸を押さえていた。

魂が、こぼれ落ちそう。
まさに、そんな気持ち。



ダース・ベイダーが生まれるまで。

「スター・ウォーズ」をきちんと観たことのない人でさえも見覚えがある、黒ずくめの機械人間で、「コー、ホー」と空気音をさせながら威厳に満ちた恐怖を振りまく存在。
この怪人は、第1作の「エピソード4(新たなる希望)」で既に、主人公ルーク・スカイウォーカーの父親であることが明かされている。
そして第5作「エピソード2(クローンの攻撃)」では、若く才能豊かで正義に燃える青年アナキン・スカイウォーカーとして描かれている。

つまり「エピソード3(シスの復讐)」はいかにしてルークが生まれたのか、いかにしてアナキンはダース・ベイダーという悪の存在になっていったのかを描く。

私の友人には生まれて間もない子どもがいる。
その子の命は始まったばかりだけれど、私たちはその命の始まりを知っている。
どんなふうに祝福されて、どんなふうに待ちわびられて、いかに大きな愛に包まれてこの世に生まれてきたかを知っている。

そしてまた、その子が生まれるよりも前の、父と母の物語を知っている。
でも、その子は決してそれを知らない。

想像しても、自分が生まれる前の両親に関することは、所詮断片的に伝え聞くばかりで、おとぎ話のような響きさえある。

けれど、子どももいない私たちの人生が、既に様々な起伏の中で紡がれ、涙や笑いや怒りや悔しさ、いとおしさや安らぎやみじめさや誇らしさに満ちているということは、それだけ分の決して知ることのない物語が、両親にもあるということの証拠。
確かに彼らにも物語がある。

色あせた70年代初期のアルバムをめくれば、彼らがその頃流行していたらしいベルボトムジーンズや、身体にぴったりと張り付くような開襟シャツや、巨大なサングラス姿でポーズをつけるのに出逢うことができる。
恥ずかしげもなく露出の高い服を着た若い頃の母に、なんだかこっちが恥ずかしくなる。

まだ親になる前の、若いふたり。
まだ子となる私たちの存在を知らない、自分自身の人生に夢中なふたり。

それは自分自身の相似形。
マクロに見れば同じことの繰り返しが、歴史と命を紡いでいく。

私たちは、お互いを知らない。
ある部分においては、永遠に、知らない。

「シスの復讐」の狂おしいまでの切なさは、「エピソード4」以降の物語を知った上で、つまり未来の有り様を知った上での過去の物語だからに他ならない。

アナキン・スカイウォーカーは、ダース・ベイダーになる。
ダース・ベイダーは、自らの息子や娘の敵になる。
ダース・ベイダーは、自らの師匠を殺す。

そういった結論は、最初から決まっていること。
何をどうしても、現実は厳然たる運命にひれ伏すしかない。

いかに過去を否定しても、その結果としてしか未来は存在しないということ。
いかに陰惨な過去も、未来によって必ず救い出されるということ。

アナキン・スカイウォーカーがまだ父親になる前の話。
血気盛んな若者だったときの話。

愛する人が、狂気の淵へと落ちていく姿。
それを喰いとめようとする師オビ・ワンや、最後まで信じ続ける妻パドメの悲痛。
謀略のもとに倒れていくジェダイの騎士たち。

パドメが「胸が張り裂けそう!」と叫ぶシーンは、まさに私の胸も張り裂けそう!という想いだった。

それは壮絶なクライマックスであり、また私たちがよく知っている「新たなる希望」へとつながっていく哀しい序曲でもある。

9割以上がCGで作られたこの映画が、ここまでリアルに魂を揺さぶってくれるとは、テクノロジーの偉大さ、その表現の奥行き、脚本と役者の技量に感服するしかない。
30年前に練りつくされた物語の緻密さ、虚構世界の一貫性のようなものに、大いに感激をする。
ジョージ・ルーカスの信念とそのライフワークに敬意を感じる。

全てが虚構のスペース・オペラ。
現実とは遠く離れた夢物語。
けれど、感情だけがリアル。

イマジネーションだけが頼りのもう一つの世界を作り上げて、それがリアルな人の心を動かすなら、それはエンタテイメントの理想と言って過言ではない。

映画館の席についてから知ったのだけれど、一緒に観にいった友人は、実は既に2回目だったらしい。
それは悪いことをしたと思ったのだけれど、それでも全然構わないと彼は言う。
彼は「スター・ウォーズ」ファンを自認する。

「エピソード3を観て、改めてエピソード4から6への感慨が増す」という事前のコメントは、全くその通りだと思った。

それは、まだ見ぬ自分の息子や娘に投じる想いかも知れず、あるいは現在の自分がここにあるに至った両親の物語への畏敬かもしれない。
あるいは、オビ・ワンやR2-D2のように友の全てを見守る気持ちかもしれない。

敷き詰められた虚構によって普遍的な人の心に訴えかける、「スター・ウォーズ」。
鑑賞後、本当にしばらく立ち上がることができない。
呼吸を整えるのに時間がかかる。
長いエンドロールがなぜあるのか、その効果をこれほど思い知った日はない。

これは、おそらく「スター・ウォーズ」の残りの全作品を観て初めて得られる感覚だろう。
残り全ての物語を体験したからこそ、この最大の悲劇の深い深い意味を知ることができる。

だから、間違っても「シスの復讐」だけを観にいくということをしないで欲しい。
できるなら、順番も間違わないでほしい。
それはなかなか辛抱強いチャレンジかもしれないけれど。

アナキン・スカイウォーカーがまだ父親になる前の話。
ルーク・スカイウォーカーが生まれるよりも前の話。

もう一度、その先の物語を紐解きたい気持ちに駆られた。



スター・ウォーズ/シスの復讐 STARWARS/REVENGE OF THE SITH(2005年・米)
監督:ジョージ・ルーカス
出演:ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマン、ヘイデン・クリステンセン他
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by yukotto1 | 2005-07-17 19:22 | ぐっとくる映画