生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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大陸が見えたとき-八十日間世界一周-

オフィスに立ち寄った際、少し前の記事にも書いた「以前に一度だけお会いしたことのあるうちの会社にインターン中の方=親友の彼氏の先輩」とランチした。
実に4年ぶりになるけれど、こんなふうに再会するとは思っていなかったので、とても不思議な感じがする。

その方はUCLAのMBAを1年終えて、残り1年を残している。
日本への滞在は、弊社ともう1社のインターン期間の今月末あたりまでらしい。
「どうですか?楽しいですか?」と訊けば、「楽しいねえ~」とそれはそれは満足そうな顔。



社費で留学、しかも西海岸。
日本へ帰ってくる前には1ヶ月ほどかけて世界一周旅行をしてきたのだと言う。

なんと、うらやましい。

その中で彼の口から懐かしい言葉が・・・。

「最後は上海から船で神戸まで戻ってきたんだよ・・・」
「あ、それ、新鑑真号!」
「知ってるの?」
「知ってますよ!私、学生時代、それで中国から戻ってきたもん。
行きは神戸から天津です。それは燕京号。なつかし~い」

7年前、大学4年の夏、私は中国とモンゴルへ旅に出た。
それは神戸から東シナ海、黄海、渤海を経て天津へ至る定期連絡船に乗った、文字通り片道切符の旅だった。

帰りの切符も持たなかったし、帰国日さえ決めていなかった。
ひとまずは北京に留学している友人を頼る旅だったので、その友人の連絡先だけを握りしめていた。

航空路線が発達しほんの数時間で北京まで飛べる現代で、格安航空券がいくらでも手に入る昨今で、なぜ私が船で中国へ渡ったかと言えば、あまりにも単純だけれど、それが私の「ちょっとした夢」だったから。

小学校6年生のとき、石ノ森章太郎の「まんが日本の歴史」を読んで以来、遣唐使や鑑真みたいに、船で外国へ行くというのが結構大きなテーマだった。

♪海にお船を浮かばせて 行ってみたいな よその国♪

歌の通りにそうしたかったら。
やってみたかったから。

ピルグリムファーザーズがアメリカへたどり着いたときみたいに、「ああ、大陸が見える!」と甲板から身を乗り出し雄大なユーラシア大陸を指さす、という夢。
だってそれが、旅じゃないの。

そういうシンプルな願望を一つ一つ実現していくことが、長い目で人生を見ると、小さな前進なんじゃないかと思う。
やりたいことは、やるべき。ぜったい。

私が船で中国に行きたいと提案したとき、一緒に旅行することについては賛同した友人は首を横に振った。
片道2泊3日もかかるし、船酔いするかもしれないし、その上全然安くもないし、いいことなんか一つもない。
けれど、その反応は想定の範囲内。
最初から、自分ひとりでも行くつもりだった。

「OK。じゃあ、北京で合流しよう」

私はあっさりと引き下がり、彼女より5日ほど早く神戸を発った。
友人は、「北京で会おう」と言って、港まで見送ってくれた。
休みの度に飽きもせず中国に行くほど、その国が好きだった彼女は、日本では両替することができない人民元を「きっとすぐに必要だから」と握らせてくれた。
確かに、港に着いて両替をする余裕もままならなかった中で、その人民元は本当に心強いものになった。

瀬戸内海を西へ進み、関門海峡を通って東シナ海に出る。
船の旅は本当にのんびりとしている。
ただっ広い海原は、その先に何も見えない。
夜の海などはどこまでも続く暗黒で、恐ろしい想像がよぎる。

波が高くなることも頻繁で、沖では船体が大きく揺れる。
広い板間に雑魚寝する二等寝台ではマットレスだけが自分の領地で、船の揺れに合わせて船酔いもした。
二等の乗客は半分が中国人、あと半分がバックパッカー。
銀髪に近いほどの繊細な色彩をまとった美しい西洋人の女性がいたのが、印象的だった。
(実は彼女とはその数週間後、ウランバートルのとあるレストランで再会する)

その雑魚寝の部屋で、赤ちゃんを抱いた中国人の女性と親しくなり(彼女は流暢な日本語を話した)、彼女が北京へ行くというのでそれに乗っかろうと決めた。
「ニーハオ」と「シェイシエ」しか中国語を知らなかった私は、港に着いてからどうやって北京に行けばいいのかさえ、ガイドブックに載っていること以上にはよく分からなかったのだ。

不安と期待が入り混じった胸で、初めて仰いだユーラシア大陸の姿は、薄曇の空の下に泰然と横たわっていた。
そこが外国である、という事実を実感するには、海にはなんの境もなかった。
ある意味では本当に、一つの海を隔てて世界は全てつながっているのだと証明されたのだとも言える。
けれど感慨としては、長く退屈な船旅がようやく終わろうとしていることだけに、ほっと安堵を覚えたきりだった。

それが現実で、明確で大切な「経験」だった。

古い映画だけれど、「八十日間世界一周」というアカデミー賞も受賞した作品がある。
「80日で世界一周ができるかどうか」の賭けをした金持ちが世界を巡る冒険活劇だ。

行く先々で未知なものに出逢い、カルチャーショックを受けたり、困難に遭遇したりする。
舞台は19世紀末で飛行機のない時代、汽車に始まり、気球や船で旅をする。
心躍る物語だ。

知らない場所へ行くのは、そこに何があるかを確かめるため。
そして、そこには何もないと確かめるため。

旅を終える度、誰にも奪えない轍ができる。
小さな誇りと自信ができる。

そしてまた、新しい旅に心が駆られる。

(この中国船旅の続きは、また次回にでも)


八十日間世界一周 Around the World in 80 Days(1959年・米)
監督:マイケル・アンダーソン
出演:デイヴィッド・ニーヴン、カンティンフラス、ロバート・ニュートン他
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by yukotto1 | 2005-08-11 00:41 | 迫力系映画