生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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騙されたと思って-タイタニック-

「騙されたと思って」って、変な言葉だ。

人を説得するときに使うものだと思うけれど、騙されていると思うなら、普通そんな話には乗っからないはずで、「私を信じて欲しい」を言い換えて「騙されたと思って」と言うとしたら、随分ねじまがった用法だと言わざるを得ない。

でも、「騙されたと思って」という言葉の響きはちょっと色っぽい。
私の感性でそう思うだけであって、大方の賛同は得られないかもしれないけれど、私はなんとなく色っぽい言葉だと思う。



「騙されたと思って」には、「騙されてもいいって諦めて」というような、やや挑発的で強引で、同時に言っている本人さえ見渡せない魅惑的な賭けの香りがする。

姿も曖昧な、けれど魅惑的な宝探しの香りがする。

「なんでお父さんと結婚したの?」と訊いたら、「騙されたと思って」と言われたからと母は言う。
母はそのとき若干21歳で、いくら昔でも焦る年ではなかったろうに、「騙されたと思って」えらく大きな賭けに出たものだ。

そもそも見合い結婚なので、ふたりが若気の至りのように盛り上がっていたかというと、そうでもない。
なぜ父が「騙されたと思って」なんて言ったのか、その真意も分からない。
ただ、シャイな父にすれば、もっとうまい言い方が見つからなかっただけなんじゃないかという気がしたりする。

両親が初めて出逢ったのは、ちょうど夏休みの頃だ。
母は当時、小学校で養護教諭をしていて、ある日、プール当番のために学校に来ていた。
「お茶でも飲みに行くか?」と教頭先生が声をかけたので、母は「はあ」とうなづいた。
母が言うには、そのときの彼女はキャミソール姿に真っ黒に日焼けした、健康優良児スタイルだったそうだ。

教頭先生は母を軽自動車に乗せて、校門の外に出た。
15分ほど走って、先生が「あれは知り合いのうちだから、あそこでお茶をよばれていこう」と言う。
母はまた「はあ」とうなづいた。

モンゴルでは広い草原に一家族ごとぽつねんと暮らす遊牧民の習慣から、民家を見つけると唐突に立ち寄って食事やお茶をいただくということはよくある。
迎える方も、珍しい客人を快よくもてなし、街の噂話に耳をそばだてたり、彼らのもたない都会の物資と食糧を物々交換したりする。
私もその国を訪れた折は、何度となく、見知らぬ人の家でチャイやチーズを振舞ってもらった。

が、ご存知のとおり、日本人にはおよそそんな習慣はない。
いくら知り合いの家でも、アポなしで突如訪問して許されるのは、巨大なしゃもじを持ったヨネスケくらいだ。

母はうながされ、見知らぬ民家の玄関に立っていた。
教頭先生が呼び鈴を鳴らし、中から50前後の女性が出てきて「ああ、先生」と迎え入れた。
「ああ、先生」の後に「お待ちしていました」と続きそうな感じで。

ちょっと頭を下げていぶかしがりながら、家の中に上がった。
応接間に通されソファに腰掛けていると、先ほどの女性とその息子らしい若い男性が入ってきた。
母の目の前には、カルピスが出された。

暑い日のことで、クーラーもない部屋の開け放しの窓の外から、賑わしい蝉の声が漏れてきていた。
教頭先生とその家の女性が会話をし、母と向かい合わせに座った男性は一言も言葉を発しなかった。

男性は、落ち着かない様子でうつむきがちに何度もまばたきをしていた。
目と耳の大きな人だと母は観察した。

母の方も状況が飲み込めず、とてもリラックスできる感じではなかった。
ただそこに座って、教頭先生たちの会話が終わるのを待つより他なかった。

その家を出た後、先生に訊いた。
「もしかしてお見合いですか?」
「そうやよ」
母は「はあ」とまたうなづいた。

客人が立ち去った後、祖母はテーブルの上を片付けながら「今日はだめだったのかな」と思ったと言う。
母に出されたカルピスはほとんど手をつけられていなかったからだ。

母は当時、都内の某大学の通信制講座を受講しており、その夏期講座を受けるために、その夏の後半を東京で過ごした。
町田に親戚の家があり、そこに居候しながら大学に通ったのだ。

東京に来たのは初めてのことで、その上社会人になってからの大学通い。
母はお見合いのことなどすっかり忘れるほど、その新鮮な環境を楽しんでいた。

ある日、町田のその親戚の家に突然の来客があった。
居候の身の母を訪ねて。
今度は遊牧民並の真性アポなし訪問。

目と耳の大きなその男性は、一度きり会って直接言葉を交わすこともなかったお見合い相手だった。
なぜ彼がそこに立っているのか、俄かに想像がつかなかった。

「あのとき、全然話ができなかったから」というのが、彼の言い分だった。
「全然話ができなかったから」、なぜまた片道6時間以上かけて東京まで来てしまったのか、私はその詳しいところを聞いていない。

どう考えても尋常じゃない。
母は相当面喰ったし、それは町田の親戚にとっても同じだった。
叔母はすかさず母の実家に連絡を入れた。
彼女を訪ねて男の人が来ている。ふたりは何かあるに違いない。
けれど、正真正銘、ふたりが会ったのはそれが二度目だった。

父は律儀な人だ。
頑固で堅苦しいところもある。
今でこそ人前で話すのにも慣れてきたけれど、昔はかなりシャイだったように思う。
そのわりには自分のポリシーらしきものには忠実で、疑いもなく自分を信じている。
彼が「騙されたと思って」信じようとするものは、自分自身かもしれない。

その父が出た突発的とも言える行動は、周囲に波紋を呼び起こした。
俄かに浮上した交際説を耳にした母の父親は、その大胆不敵な若造がどんな人間なのか、それを確かめんとして、田舎の香川から、母が働いていた兵庫まで出てきた。
見合い相手の家の近所で、あそこはどんな家庭なのか、あそこの息子はどんな男なのかと聞き込み調査をしたのだ。

「気のいい家だから訪ねていけばいい」と近所の人に勧められたので、祖父は臆することなくその家を訪ねることにした。
いつから日本人は遊牧民化したのだろう。

祖父はその家で歓迎をうけ、好物の酒を振舞われた。
それだけで機嫌をよくして家族同士は打ち解け、母が兵庫に戻ってきたときには、縁談は順調に進み始めていた。

もちろん、それだけで結婚が決まったわけじゃない。
既に時代は1970年代。
祖母の見合いの頃とはわけが違う。
大事なのは当人同士の気持ちだ。

その後、ふたりは何度かデートをした。
ほんの21歳の母が、どこまで結婚を意識していたのかは分からないけれど、律儀な父は真剣だった。
父が今でも言うところによれば、恋愛がどうというより、結婚がまず重要なことだった。
家業やら大家族やらを背負った長男の身で、まずは家庭を築いて仕事を成功させること、それが彼には重要なことだった。
そう言ってしまうとロマンチックなものがなくなってしまうが、それでもどういうわけか、父が明確に「ここでこの人と結婚しなければならない」と思い込んだことだけは確かだった。

そして父は、「騙されたと思って結婚したらいい」と母に告げた。

その結婚が正解かどうかは、するときには絶対に分からない。
本物だと思っても失敗に終わることはあるし、もちろんその逆もある。
何に賭けるか、それがいつなのかは、運命の赴くまま、直感の働くままの賽の目。
父は、26歳の当時でも60近くなった今でも、ある意味で何事においても、そういう物の考え方の人だ。
そういう自分を信じて欲しいと言うよりは、騙されて欲しいと言う方が、たぶんずっと当たっていたんだと思う。

だから、騙されたと思って。

母は初デートでステーキを奢ってもらって機嫌が良かったのか、それともまじないにでもかかったのか、なんとなくそんなような気がして、その話に乗ってみることにした。
「いっちょ騙されてみるか」といった具合に。

「誰と結婚したって一緒」と私に諭す母。
「一緒やないよ、お母さん」と返すと、「一緒や、一緒や」と笑う。

でも、「騙されてもいい」と心底思える人とする結婚ならきっと、一緒なのかも。
当たりやはずれじゃなくて。

幸せにしてくれそうだから結婚するんじゃない。
何があってもその人となら幸せであれそうだから結婚するんだと思う。
それがもしかすると、勘違いや誤解や思い込みや催眠術だとしても。

8月に出逢って、10月に結納をして、1月には結婚したふたり。
それでも結婚して30年を軽く過ぎて、3人の子どもも皆、大学を出て社会人になり、うち2人は父親の仕事を継ぎ、1人は気ままに東京で好き勝手暮らしている。
夫婦は月に一度は方々の温泉旅行に出かけ、年に一度は海外旅行に行く。
今年は東欧旅行だ。

小さなことでもよく喧嘩をし、父はすぐに大きな声を出すし、母はすぐにすねる。
それでも父は母と旅行をする。

母が子どもみたいに天真爛漫なのは、21歳の頃から彼女はずっと年なんてとってないからなんじゃないかと思う。
あれからずっと、母は父に騙され続けたままなんじゃないかと思う。

もしも一生、騙され続けたままなら、それが真実になる。
「タイタニック」で、たった2日きりの恋が運命に変わったのは、それがジャックの最期の恋だったからに違いない。
永遠に誰にも邪魔されない、決して破られない約束だったからに違いない。

運命って、そういうものなんじゃないかと思う。



タイタニック Titanic(1997年・米)
監督:ジェームズ・キャメロン
出演:レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット、ビリー・ゼーン他
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by yukotto1 | 2005-08-13 16:54 | 泣ける映画