生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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夏の終わりの風物詩-ヤンヤン 夏の思い出-

a0032317_22445363.jpgちょっと長すぎるんじゃない?とツッこまれそうな夏休みも今日で終わり。
休みすぎてかなりのフヌケ状態なのだけれど、観念して明日から仕事。
結局、どこか遠くに旅行というのはしなかったけれど、しばらく会っていなかった友人と会うこともできたし、身の丈の暇人生活を送ることができたのは、それはそれで新鮮だった。

予兆のように、おとといあたりから携帯電話に仕事の電話が入ってくる。
仕事の電話に出るだけで、一気に神経が張るっていうか、現実に引き戻される感じ。
小さくため息が出たりもする。



台風が迫ってきている。
それが過ぎてしまえば、夏も本当に終わっていくだろう。
夏の終わりは、いつも物寂しい気持ちになる。

夏休みというのは、きらめきに満ち、そして同時にどこか危なげ。どこかはかなげ。
プールの後のロッカールームのような、湿った匂いと生温かさがある。

「ヤンヤン 夏の思い出」という台湾の映画は、一つの家族をとりまく夏の出来事を描いた群像劇で、叔父の結婚式に始まり祖母のお葬式に終わる。
ヤンヤンはほんの8歳の男の子で、人の後姿を写真に撮るのが趣味。

なぜなら、「人は自分の後姿を決して見ることができないから」。

祖母が危篤に陥って、母は神経をすり減らして山にこもってしまう。
父は事業がうまくいかない中、20年ぶりの恋人に再会し、人生をやり直したいと再び恋をしようと試みる。
高校生の姉は隣家に住む友人の恋人を好きになってしまう。
ヤンヤンも小さな憧れのような恋をしている。

夏が始まって終わる一区切りの中で、一連の物事は動き、やがて収束する。
何かが変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない。
成長したかもしれないし、臆病になったかもしれない。
希望を見つけたかもしれないし、絶望してしまったかもしれない。

ただ湿気た夏が人々の頭の上を過ぎていく。

私は夏が好きだ。
この季節の空は、「永遠」へとつながっているように見えるから。

いいことがあるのも、悪いことがあるのも、この季節であることが多い。
生命が賑わしく動くからだろうか。
まるで「永遠」と交信するみたいに。

何をよしとするか、何を実感とするか。
答えを与えるのが自分自身となると、どれだけやっても居心地が悪い。
誰かがOKのサインを出してくれるうちは、随分楽なのかもしれない。

見えないゴールに向かって無我夢中に走ってみたとして、本当にゴールがあるのかどうかさえ分からないし、自分のスピードが相対的に適切であるかどうかなどまして、到底分からない。

淡々と生きていくことはできる。それが人生かもしれない。
けれどそれでは足りないような気がする。そんな疑問もまた人生かもしれない。

特に物事のはじめは、ペースだとか、距離のはかり方だとか、すわり心地のようなものを求めて、じりじりとポジションを変えてみたりもする。
まわりの動きも気になるし、お手本やマニュアルがあるなら、それに倣ってみたい誘惑にも駆られる。

夏はいつもそんな季節だ。
心が浮き足立つ。
たとえば春にこねた粘土で、ファーストテイクのお城を作るような感じ。
見様見真似で、まだ自分のものじゃない。

手探りの頃はもどかしい。
でも、大丈夫。
先は長いのだから。
まだ季節は続くのだから。

センチメンタルは、夏の終わりの風物詩。
それが過ぎ去れば、次に訪れるのも、また好きな季節。

結局、一年中、好きな季節の連続の中に生きている。



ヤンヤン 夏の思い出 A One and A Two(2000年・台/日)
監督:エドワード・ヤン
出演:ジョナサン・チャン、ケリー・リー、イッセー尾形他
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by yukotto1 | 2005-08-24 22:44 | アートな映画