生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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東京タワーの視線-東京タワー-

「一番好きな風景は?」と訊かれれば、必ず私は「東京タワー」と答える。
「一番好きな街は?」と訊かれれば、必ず私は「東京」と答える。

私は、東京タワーが好きだ。
そして、東京が好きだ。

東京に初めて住み始めたのは10年前、2つ目の大学に入学したときだ。
それ以前は18年間兵庫、1年間大阪に暮らした。

私が大阪の大学を辞めて東京の大学に入りなおした理由は、つきつめると、「東京に行きたかったから」ということに尽きる。
昔からずっと憧れていた街で、そこにはなんでもあるような気がしていた。



地方出身者にとってみれば、東京というのは随分遠くで、現実からはかけ離れた場所だ。
テレビの中に見る街並みや人々の暮らしは、洗練されていて豊かで、複雑で刺激的に映る。
高層ビルの間を闊歩するビジネスマンだとか、優雅な銀座のマダムだとか、渋谷センター街の女子高生にさえ憧れを見出す。

まして、そこは「芸能人が住む場所」。

東京に暮らせば、街中で芸能人を見かけることもそう珍しくない。
ドラマの撮影に出くわすこともある。

でも、地方だとそんなこと、ほんとに滅多そったない。
芸能人は隔世の存在。
自分たちと同じ人間ともにわかに信じられない。

正直、私が初めて上京したときに考えたことも、「芸能人が住んでるんだなあ」ということ。
もしかしたら、コンビニのレジの列で私の前にキムタクが並んでいるかもしれない。

何があるかとか、それがどんな場所でどんな生活が待っているかなんてよく分からないけど、とにかく東京には何でもあって、そこに行かない限り決して出逢うことのないものがある。
そういう妄信のようなものがあって、ただその場所に行き、暮らさなければならないような気がしていた。

仲間に入りたかった。みたいな感じがする。

仲間って何?どんな仲間?
分からない。分からないけど、理由なんかそんなの、たぶん、どうでもいい。

とにかく、それは、人生のなかでやるべきことリストの筆頭だった。

大学の4年間を東京で過ごした。
遠距離恋愛などしていたので頻繁に大阪に行くことがあり、新幹線や夜行バスをよく使った。
学割を使ったところで高すぎる新幹線代が本当に鬱陶しかった。
それを稼ぐためだけにバイトばっかりしていた気がする。

かつて「シンデレラエクスプレス」なんていう言葉があったけど、日曜の最終新幹線が出る前の東京や新大阪のホームというのは、どうやら同じ境遇らしいカップルでいっぱいだった。

新幹線の扉が静かにふたりを謝絶する瞬間は、たまらなく切ない。
今まで同じ雑音のする空間にいたのに、次の瞬間には密閉された車内で音が消える。
ガラスの向こうで彼が何か言っても、唇のかたちを読むより他には術がない。
その声はもう届かない。

それでも白とブルーの車体がホームを滑り出し、ホームに残される景色が加速度的に流れていくにつれ、観念したように気持ちは前を向く。

私は東京に帰るんだ。
そこでやらなければならないことがある。

最終の新幹線はひかり号で、新大阪から東京までは3時間の道のり。
途中、何度も往復して見慣れた窓の外を眺め、時折うたた寝をする。
新横浜を過ぎれば、終着駅は近い。
身の周りを整えて、東京に臨む気持ちになる。

東京に臨む。
しょっちゅう乗っている新幹線なのだけれど、東京はいつも私にとって、少しピリッとする緊張を与えてくれる。

新幹線の窓から左手に、夜に浮かぶ赤い東京タワーに出逢うとき。
どのタイミングのどの角度から現れるのか、知っているはずなのに、でも、それはいつだって突然の登場。

吐息が漏れて、言葉が出ない。

優しいような、冷たいような、見守るような、突き放すような。
東京タワーについて語るとき、いつもそれを擬人化してしまう。
意思のある存在に思えるのだ。
この大都会を見渡して包む、絶対的な象徴。

この街に憧れる自分を振り返り、何のためにここに来たかを思い出す。
家族も、恋人も置いて、なぜひとりでここへ来てしまったのかを思い出す。
両親に見送られて地元の駅からささやかな電車に乗り、この線路がやがて東京という街に続くのだと噛み締めた、春の日のことを思い出す。

東京タワーは、そんなことを思い出させる存在。

大学を卒業し、就職して配属されたのが名古屋で、私は一度この街から離れた。
離れていたのも4年間。

当初はそれほど意識していたわけではないけれど、半年も経てばまた東京への想いが募る。
一度暮らした場所だけに、既に東京には友人がいたし、友人たちの話を聞くにつけ、そこにある「場」あるいは「舞台」のようなものへの焦燥感にさえ似た憧憬が湧き起こる。

確かに東京での学生生活は、東京という街でしか絶対にめぐり会えなかったような特別な経験ばかりだった。
人も、仕事も、生活も、街並みも、たぶん他のどこにもない種類のものだった。
それは新鮮で楽しくて、あるときは孤独や世知辛さにも襲われたけど、それでも東京は決して私を裏切らなかった。

社会人2年目くらいから、しょっちゅう東京へ行くようになった。
月に1度か2度。
出張を作ったり、新卒のリクルーティング活動を手伝ったり、考えうるあらゆる口実を探して、あるときは口実なんか全然なくっても、頻繁に新幹線に乗る日々を再び始めた。
JR東海に通算どのくらいお金を落としたか、考えるとぞっとする。

そのときこそ遠距離恋愛でもしてるんじゃないかと思われることがあったけれど、そうじゃない。
私は東京に恋していただけ。

上京するたび、詰め込むようなスケジュールで学生時代の友人に何人も会った。
その友人たちが親しい人を紹介してくれて、私は名古屋に暮らしながら、東京に友人を増やした。
そういった人たちは皆、同世代ながら様々な職業で、様々な想いを抱え、そして等しく、夢を追ってがんばっていた。
地方から東京に来た人も多く、背景となる想いは私と同じようだった。
こういう人たちに出逢えるのは、日本中で東京しかない。

慣れ親しんだ故郷に大切なものを残して、それでもこの街で生きることを選んだ気持ち。
多かれ少なかれ、背負ったものがある。

私が東京に求めるものは、便利さや快適さや流行や財ばかりでなく、たぶん、そういう想いを同じくする「仲間」なのかもしれない。
それに気づくようになったのは、週末フル稼働で人と会って刺激を交換しては帰りの新幹線でクタクタになって泥のように眠る、そんな傍から見れば闇雲で愚かなほどの生活を経たからに違いないと思う。

実際、その噛み潰せない想いを抱えたその頃に出逢い、関係を紡ぎ続けた人たちが、今、東京に生きる私の、大切な友人たちに他ならない。
彼らのおかげで、私の人生に道が開かれ、踏み出す勇気が生まれたことに本当に感謝している。

そして、「私、こんなにクタクタになりながら東京にばっかり来て、交通費にたくさんお金を費やして、どのくらい深まるかも分からない遠距離の知り合いばかり増やして、本当に馬鹿なんじゃないか」と、そんなふうに思った日々を相変わらず見ていた、あの東京タワーにも感謝している。

あの人に会うと、自然足が止まり、「うん、うん」とうなづくように思うのだ。
私のこと、ちゃんと分かってくれているよね、と。
この街にいっぱいいる私みたいな馬鹿を、あなたは何十年も同じ場所から見続けているんだよね、と。

新幹線から見える東京タワー。
六本木から、品川から、都庁の上から、赤坂のオフィスから、三田のつけ根から、首都高の流れる景色の間隙から、どこにでも突然に現れて、そしていつも静かに佇んでいる。

品川駅に新幹線が開通してからは、東京駅までそれに乗ることは減った。
そうすると東京タワーが見えない。
先日実家に戻った帰り道は、あえて品川で降りず、東京駅まで乗っていった。

ちゃんと、その日も東京タワーは変わらずそこにいて、私たちの視線が合った。

両親と離れて暮らすのは忍びない。
そばにいて親孝行できないことも申し訳ない。
でも、父も母も祖母も弟たちもみんな、東京で私が生き生きと暮らしていることを半分は喜んでくれている。
私が東京に行き、彼らには縁遠かったそこでの生活について語ると、満足そうにしてくれる。
彼らのかわりに、私が物を見て、物を感じて、伝えることがせめてものできること。
もちろん、私たちの時間が許す限り、おいしいものをごちそうしたいし、珍しいものを買ってあげたいし、色んな場所につれていってあげたいけど。

幾ばくかの時間を暮らせば、東京にもよく知るもの、大好きなものが増えてくる。
上京したての頃は、知らないものばかりで、「東京らしさ」に早く合わせたいと気がはやっていた。
今は、好きな服を着て過ごせばいいのだと思える。

新幹線で再び臨む東京も、今は半分以上、帰る場所であり、そして私にとって大事な人が暮らす場所。
いつか夢が破れても、自らホイッスルを鳴らすまで、東京タワーは視線を送り続けるだろう。

映画「東京タワー」のテーマは、ここに書いたようなこととはおよそ違う。
それは、本当に愚かでひどく幼い、純愛の物語だ。
大人のように振舞って、そのくせ無責任で衝動的で、滑稽極まりない馬鹿な物語だ。

けれど、馬鹿を見つめる物言わぬ存在として、東京タワーがそこにある。
それだけは、ただひとつ、共通している。



東京タワー(2004年・日)
監督:源孝志
出演:黒木瞳、岡田准一、松本潤他
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by yukotto1 | 2005-08-28 21:50 | しっとりする映画