生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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女子なんですから-門-

「サプリメントくらい飲んでください」

という言葉を残して、彼女は白金一丁目の交差点でタクシーを降りた。

「女子なんですから」

金曜の20時前に突然のメールで「もしかして今日早く終わったりとかしません?」なんて訊いてくるんだから彼女。
そいで、「早く終わるかも。21時くらいかな」なんて返信するんだから私。



なのに結局、仕事が終わったのは22時半をちょっと過ぎて、彼女をオフィスの近くのタリーズで待たせたりしちゃって。

それでもいつもより随分早めに切り上げた気分で、ほんの少し罪悪感もあったりして。

久しぶりに会う彼女は、オープンスペースの円いテーブルでノートパソコンを開いていた。
「いいのいいの。私も同じようなことするんで、すっごいよく分かるから。2時間までなら待てます」とあっけらかんと言う。

それから、女ふたり銀座でワインを。
以前にグルメな方に連れてきていただいたことのある、こじんまりと、ひっそりとしたワイン厨房。
店内は10人でいっぱいになるほどで、本当に狭い。
小洒落ているかといえばそうではないけれど、ワインもお料理もおいしい。

私たちはふたりとも、平日に人と約束を入れるのは難しい生活をしている。
仮に終電を逃す日があっても睡眠さえきちんととれれば、それだけで「今週はわりとゆったりしている」と感じられるくらいのペース。
でも、予想外に早めに仕事を切り上げられそうな日もあったりして、それがまた先読みできずに突然だったりとかして、そんなときはとっても幸せな気分なのだけれど、でもいざとなると、一体何をやればいいんだろうと戸惑ってしまったりする。

そんなとき、一応、だめもとで「今から飲みません?」みたいなお誘いを人にしてみることもあり、まあたいていは断られてしまうのだけれど、たまに「お、ちょうどいいところに」みたいなこともある。

金曜はそんな日だった。

彼女に会えて嬉しい。

来週28才になる彼女は、私の2つ年下。
物の考え方とかスタンスとかが似ているので、共感することが多いし、同志みたいな感じもすれば、妹みたいな感じもする。

実に気持ちのいい女っぷりの彼女はがんばりやさん。
そんな働いて体壊しちゃだめだよ。なんてことを、我が身を棚に置いて心配してみたりもする。

つい先日、私が人間ドックに行ったこともあって、健康の話題になる。

私は結構肩こりがひどくて、仕事がテンパっているときなどは、ものすごく辛い状態になる。
頭痛がして吐き気がして、疲れているのに寝つけないほど苦しい。

そんな状況になると、必ず思い出すのが夏目漱石の小説「門」の中で、主人公が妻の肩こりを案じるくだり。
余談だけれど、「肩がこる」という表現を初めて使った日本人は夏目漱石で、その「肩がこる」という言葉を登場させたまさにその一節が、この「門」のこのくだり。

まるで私が自分の肩こりで、それを思い出すのと入れ子のように、主人公は妻の肩こりを見て、昔聞いたことのある古い逸話を思い出す。

侍が旅の途中、木の下でうずくまっている若い女を見かける。
どうしたのかと尋ねると、肩が痛くて呼吸をするのもままならないと言う。
侍はおもむろに刀を抜き、女の肩を斬りつける。
女の肩から血が流れ、そのことで逆に女は命をとりとめる。

「こんな話を必ず思い出すんだよね」とクラコットにパテを塗りながら私が言うと、「マッサージにはまってるんですよ」と彼女は熱く語り始めた。
実は彼女がマッサージ好きであることは、噂に聞いていたので思わず笑う。

そして「最高におすすめなのは」、彼女の家の近くにあるらしい某サロン。
彼女曰く、午前3時に行っても1時間のコースが終われば、その後、これからでも仕事ができると思うくらい元気になる、のだという。
ほんまかいな?

「今からでも行けますよ。ときどき閉まってるんですけど」と、嬉々として携帯を取り出してくれたのだけれど、明日は約束があるから別の機会にしようと残念ながら今回は見送る。

ぜひ、次回。

そう、こんなふうに、彼女と時々深夜におしゃべりできたら楽しいなと思うのだ。
お互いの忙しさを知っているので、思わず誘うのを躊躇してしまうけれど、偶然に夜の予定が空いてしまった日なんかは、ダメもとで彼女に声をかけてみようかな、と。
忙しいよね、お疲れだよねと気を遣ってばかりいたら、この楽しい時間は決して実現しないわけだし、自分自身だってそんなふうに誘ってもらうのは嬉しいのだから。

どんなに遅い時間からでも、「女子っぽい時間」も必要。
どんなに束の間の逢瀬でも、「女子っぽい会話」や「女子っぽい関係」は必要。

ふてぶてしく横柄に力技なんかで働いているけれど、でも、そう、私たち女子なんですから。

「ここで別れるのは忍びないので、途中までご一緒に」とかわいらしく言うので、銀座から白金まではタクシーを同乗。

金曜の夜はいい夜で、また東京は楽しいと噛み締めた。




著者:夏目漱石
出版:新潮文庫
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by yukotto1 | 2005-09-11 03:14 |