生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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58の手習い-Shall We ダンス?-

父からメールが来た。

「明日からNOVAに行きます。がんばります」

そもそもメールを始めたのが、こないだの土曜日。
母から電話があって、父のアドレスにメールを送るように言われる。
受話器を受け取った父が言うには、自分の携帯にメール機能がないと母から吹き込まれていたのが、できることが分かったので、「メールを練習する」ことにしたらしい。

だいたい母親はめんどくさがって、当初「その携帯はメールなんかできない」と言ったに違いない。
できるなんて言ったが最後、父に使い方を教えろと言われるからだ。

けれど、何かのきっかけで父が思い立って、「じゃあ、メールができる携帯に換える」といったのだろう。
そこで初めて母は「あー、これできるんやったわ」としらばっくれて言うのだ。

十中八九、間違いない。



私が父に「練習してください」とメールを送ると、1時間くらい経って「忙しいやろけどもう一回送ってな」と届く。
土曜日なのに、「忙しいやろけど」と気を遣う父の遠慮が可笑しい。

私がたこ焼きの写真を撮って、「たこ焼きを食べてます。デート中です」と送れば、「たこやきもいいけど彼氏のほうがみたいよ」と返してくる。

なんだか、お父さんじゃないみたい。

小さな液晶に顔を近づけたり遠ざけたりしながら、わあわあ言って一個ずつキーを押していったんだろうか。
ベタベタの関西弁でいっつも偉そうに大声で話すのに、メールだとやたら年齢が若く感じる。
友達から来るメールと何ら変わらないので、それが父親と思えば実にむずがゆい。

そして、昨日は「NOVAに行きます」と来た。

NOVAというのは、英会話スクールのNOVAのことだ。
ウサギとか人形がCMやってる、あのNOVAのこと。

父はと言えば、以前の記事にも書いたけれど、一切英語はできない。
できないというのは、本当にハンパではなくて、おそらくアルファベットさえ読み書きがままならない。
その人が突然、英語を習うと言い出した。

海外旅行好きの父が、現地で英語を使いたいという気持ちは、想像にたやすい。
英語という点においては母も一向役に立たないし、何かしらの決心が彼を英会話スクールに向かわせることになった。

実に、58の手習い。
もちろんひどく手こずるだろうけど、根気強く、楽しんで続けて欲しいものだ。

「アクティブシニア」という言い方は、マーケティングの世界ではもう随分前から使い古されている。
老人と呼ぶには若く、元気で、人生の楽しみ方を知っていて、その上結構お金も持っている50代以上の人のことをそう呼ぶことが多い。
そして、このムーブメントの最大の高まりは、1947年生まれからの団塊の世代が還暦になって定年を迎える、2007年とも言われている。

1947年生まれ、まさに父も団塊の世代。
もてあますほど、エネルギーと余裕がある。

彼は自営業が生業なので、定年というものもない。
仕事もますます面白そうにやっている。
子どもはみんな社会人になったし、まだまだ体は健康だし、けれど冷静になればどこか人生の終着が霞の先にぼんやりと見える、かすかに切ない焦燥も背負う。
そんな気持ちも、よく分かる。

だから、突然、メールや英会話を「おぼえる」と言って、本当に始める父の心を、慮ればこちらも切ない。
嬉しくて頼もしく、微笑ましくてどこか照れくさく、そしてほんのちょっと、切ない。

私が生まれたときには20代だった父の顔に皺が寄って白髪が混じり、それと引きかえに父が父になった年齢を超えた私を、彼は彼の視点から、私は私の視点から、眺める。
その構図を、その事実を、受け止める。

時の流れを、受け止める。

父は子どもの頃、勉強をしなかった。
中卒で職人として働き始め、ある日、自分が字を書けなくなっていることを知った。
ずっと字なんて書かなかったから。

私が小学生のとき、毎晩父は、私が学校で使っていた「小学校で習う漢字」の字典を見ながら、1ページ100マスの漢字帳でひたすら文字を書く練習をしていたのをおぼえている。
それから、父が建築士の免許を取るために、夜な夜な参考書を読んだり、製図をしていたことも知っている。

当時のその努力は、彼が仕事や生活の上で欠くことのできない成長のためだった。
今、彼がする努力は、彼が彼自身を楽しむためのもの。

何かを始めるというのは素敵なことだ。
年齢を重ねれば臆病になりがちかもしれないけれど、人生の尺幅を想像すれば、むしろそこに積極的になるのもうなづける。

たとえば映画「Shall We ダンス?」などは、ふとした思いつきと衝動の類で、中年の男性が社交ダンスを始め、そこに人生の楽しみを見出していく話。
おかしな人々との出逢いや、ステップを踏んで成長していく歓びや、夢中になれる幸せや。

人は、気持ち次第でいくらでも自らを変えることができる。
遅すぎることなんてない。

変わることが、人生を、ますます面白くする。

私と父の関係も、メールなんかを通じて、この30年培ってきたものとはもう少し違うステージに変わるのかもしれない。

そうやって変化していける。
まだまだ変化していける。



Shall We ダンス?(1996年・日)
監督:周防正行
出演:役所広司、草刈民代、竹中直人他
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by yukotto1 | 2005-09-14 02:11 | 笑える映画