生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

ダーウィンへの質問-植物のひみつ-

a0032317_15104316.jpg

どんな小学校の図書館にもあっただろう「学研まんが ひみつシリーズ」。
その中の「植物のひみつ」という本は、私が好んで繰り返し読んだ漫画のひとつだ。

いたずら好きな男の子と博士がいて、ある日、博士がどんなものでも小さくしてしまう薬を発明する。
男の子はその薬でハエが怪虫に見えるほど小さくなり、博士が作ったミニミニサイズの飛行機に乗って植物の世界を探検するのだ。
熱川ワニ園なんかで見たことがあるが人間も座れる巨大なハスの葉を滑走路にしたり、ウツボカズラのお風呂に入ってヒヤリとする。
茎を通る管の壁を飛行機の先端のスクリューでぶち抜いていく描写など実に爽快でウキウキとした。



その中に、マングローブの森をスイスイと抜けていく場面があった。
水面の上に剥き出した奇妙な根の間を曲芸飛行する小さな飛行機。
そのときからささやかな憧れがあった、マングローブ探検。

漕ぎ方のコツを覚えるのに、半時間ばかしかかった。
パドルを体から離すから疲れやすいのだ。
腕を曲げて胸の前に押し付けるようにすると、楽に漕げる。
勇んで前のめりになってしまう体を、ぐっと起こして意識的に背をもたせた。

小雨が降る空模様の日、カヤックをやろうというのは私だけだった。
「貸切ですよ」とガイドのお兄さんが言うので、無邪気ぶって「やった」とか言ってみる。

確かに、海も川も貸切だった。

お兄さんは丁寧に、マングローブをはじめとした水辺の植生について説明してくれる。
マングローブの根はどうして地表に出ているか、オオタニワタリがどうやって栄養を取っているか、オヒルギはまっすぐ伸びヤエマヒルギが横に張り出す理由、ヒルギの苗がほんの少ししか葉がない理由、緑の葉にわずかに混じる黄色い葉っぱの秘密。
「植物のひみつ」でほんの少し予備知識があったとは言え、どれもこれも「へーぇ」と唸る豆知識。

植物って、かしこいな。

感心したのは、種子の段階で既にその植物が苗木としてどうあり、若木としてどうあり、どのように実を結んで次の種子を残していかなければならないかを、すべて知り抜いているということだ。
まだ生きたことがないのに、生きた先に何が起きるかをすべて知っていて、それにむけて最善の備えをし、誰に教えられるでもなく確実に最善のあり方を実行していく。

生まれたときにはすべて決まっている。

それは親が子を生み落としたときに、もうその後の一生で必要なことは全て教えている、ということだと思う。
また、世代が変わっても、直面しうる重大な問題はそう大して変わらないということだとも思う。

とはいえ、それそのものが輪廻のような植物の生涯。
いつが始まりでいつが終わりなのかが難しく、何が親で何が子かも難しい。
哺乳類のルールを当てはめようとするのがはなから間違っているのかもしれない。

いずれにしてもこの熱帯の植物たちも、進化の過程を遂げてきた。
気が遠くなるような時間を、種、苗、木、花、実、種の単純な繰り返しの下に、生命としてたくましく、所与の環境になじみ、時にはより生きやすい環境を求め、種として強くなろうとしてきた。
その結果として、あるいは依然その過程として、私たちの目の前に大きく枝を張っている。

植物って、かしこいな。

いやいや、人間だってかしこいぞ。
人間は進化論の末端、ダーウィンの申し子。

私たちの手の形は、最初からこうだったわけじゃない。
大昔、親指は他の4本と同じ方向に伸び、あるいは5本指でさえなかった時期もある。
道具を握りやすいように、この指は今のかたちに進化したのだ。

体の中で起こっていること。
有毒なものを自然浄化する力や、一度経験した病への耐性を高めるために抗体を作っていくしくみ、ものを記憶して忘れる構造、汗をかいたり鳥肌が立つこと、その全てが進化によって獲得されてきた人間の力だ。
そういった当たり前の人体の機能を働かせるために、人間の脳の大部分は使われていて、それ以外などほんの小さなものに過ぎない。
そう考えると、人の能力の多少などというのは本当にささやかな差に過ぎない。

同時に、そのささやかな差がここまで違う個性を生み出すのだと思うと、もっと驚くのだが。

でも人間は、ちゃんと進化しているのだろうか。
生き残るべきものこそ生き残り、果てるべきものこそ果てるよう、進化の大原則は不変なのだろうか。

子孫を残せないものはやはり落伍者だろうか。
種として、いらないものだろうか。

強さとはなんだろうか。
生命力とはなんだろうか。

巨大な恐竜が絶えた理由。
どんなに力が強くても、どんなに足が速くても、生き残れなかった理由。

アメーバでさえ生きている理由。
ただ永劫に分裂を繰り返すだけなのに、それでも生きている理由。

呼吸をしている理由。
自分の力だけでは呼吸をとめることができない理由。

誰もそれに対してまともな答えを持たないだろう。
人間を作ったのが神であれ、あるいは大いなる偶然であれ、真理は大気圏外にある。

ダーウィンならばきっと、冷たく言い放つだろう。
「生き残るべきものが生き残り、果てるべきものが果てるのだ」と。


植物のひみつ(1974年・日)
出版社:学研
[PR]
by yukotto1 | 2006-01-23 23:55 |