生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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狼が横切るとき-コラテラル-

雨そのものは音もなく降るが、ブルゾンのナイロンにぶつかればパラパラとやわらかく鳴る。
今朝も北風が強く、頬と耳をひんやりと湿らせる。

葉書を出そうと最寄のポストまで歩く。
集荷は一日に一回きり。
日曜は午後の一度だけ。

銀色の弁をぐいと押し、朱色の箱に葉書を一枚そろりと入れる。
コトリと音を立て落ちる。
この箱の中には今、これきりの一枚。



郵便やさんは毎日、どんな気持ちでこの箱を開けるのだろう。
数日に一度ほどしか開ける意味がなさそうなこの箱を。

今日は開ける意味がある。
たった一枚のこの葉書を、東京へ運ぶ使命がある。

私が帰るのと、この便りが届くのと、どちらが先か分からない。
今日の午後のうちに空港のある島まで渡り、そこから東京への直行便に乗り、中央郵便局で仕分けされ、明日の都内の配達に間に合うとしたら最速。
一日ずれれば、あさっての午後かしら。
大雑把に指を折り、東京は雪だと思い出す。

飛行機はちゃんと飛ぶかしら。
郵便やさんの原付バイクは雪道もちゃんと走るかしら。

堤防沿いに潮風を受け、小さな港に泊まった船を眺め、魚を下ろすおばあさんと視線を合わせ、一歩一歩の自分の足取りに、いつもの30倍くらい注意を払ってみる。
足を一歩ずつ前に出すという動作は本能に近い気もするが、それさえできない幼い日々があったことを振り返る。
意識すると奇妙なものだ。
どうして足を前に投げ出せば、どうして前に進めるのだろう。

ああ、わたし、会社を辞めたんだなと改めて思う。

戻ったら、新しいリズムの新しい生活が待っている。
延長線上にあるような、再びスタートラインが引かれるような。
実感も曖昧な微妙な区切りを、自分で敷いて自分で驚く。

空が曇っているときは、低気圧が気持ちをたしなめる。

誰もいないし車も滅多に走らない道なので、センターラインを踏みながら、目を閉じて歩いてみた。
向かい風が顔の凹凸をなぞり、耳元で笛を吹き、髪を乱れるようになびかせて、前後左右の感覚を奪う。
場合によっては天地を奪い、緯度と経度を奪ってしまう。

前へ足を投げ出しているつもりが、どちらに進んでいくんだろう。
方向感覚が意味をなさないなら、その一歩はなんだろう。

目を開けたとき、ちゃんと前へ進んでいた。
行かんとしている場所はほんのすぐ近くだった。

不意に目の前を狼が横切るような錯覚がした。
映画「コラテラル」でハイウェイを横切る灰色の狼みたいに。

ロサンゼルスのハイウェイでは、狼が横切るのが珍しくないのだろうか。
それでも作中、それは唐突な横断だった。
そうして、そのときドライバーの中で何かが起きた。

脈絡も意味づけも、解釈も言い訳も探すのはやめよう。

狼が横切った。
何かが起きた。

風は吹く。
波はうねる。



コラテラル COLLATERAL(2004年・米)
監督:マイケル・マン
出演:トム・クルーズ、ジェイミー・フォックス、ジェイダ・ピンケット=スミス他
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by yukotto1 | 2006-01-23 21:51 | 迫力系映画