生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

人間の味-チョコレート-

チョコレートというのは甘いばかりでなく苦みがあってこそ美味しいと思う。
多くは食せない私だが、芸術的に輝くカカオには、この季節、思わず目がいってしまう。

チョコレート色の肌をして、また甘いばかりでなく苦みのある女優といえば、ハル・ベリーという人。
奇跡的な存在感を放つ、とても美しい人だと思う。
そのハル・ベリーが主演した「チョコレート」は、熱にうなされるような苦さと、熱に溶け出すような甘さを芳す映画だ。



偏見や固執、孤独、喪失感、そういったネガティブさを溶かして飲み込む、狂おしい情事。
喉に迫りきて詰まる、切ない接吻。

それはあるべき愛でないと、誰かが仮にそう言ったとしても、あるべき愛などどこにあるだろう。
正論で、人は人を抱くのではない。

ある人は私を理屈っぽすぎると言う。
また、ある人は私を感情に流されすぎると言う。

いずれも正しいような気がして、またいずれも少し違うような気がする。
本当の私を、誰が知っているだろう。
あるいは、誰が言い当てられるだろう。

決して狭いわけではない道で、たまたま真正面から互いに近づいてくる相手と、どういうふうにすれ違うかというのに、誰しも迷ったことがあるはずだ。
進行せんとする直線が重なりそうになったとき。

いつ避けようか、どちらに避けようか、避けた方がいいか避けないほうがいいか、そう迷っているうちに、どんどん距離は近づいて、危うくぶつかりそうになって立ち止まる。
迷いは人を臆病にし、結果として停滞につながる。

こちらに向かって近づいてくる人と、すれ違うためにすべきことは、自分のスタンスを明確にすることだ。
私が迷っているときは、相手も同じように迷っている。
相手の出方を見てからこちらの出方を決めようとすると、もたもたとしているうちにぶつかってしまう。
だから、まずは自分のスタンスを明確にする。

私はまっすぐ行くとか、右へ避ける、左へ逸れると言葉なり態度なりで示せば、立ち向かう相手も、それを理解して、私の進路を開けてくれる。
誰だって、ぶつかったりはしたくないのだから。
どちらが先にそれを示すか、その思い切りに全てがかかっているのだと、なにげない日常で見知らぬ人とのすれ違いに学ぶ。

月島に新居を構えた新婚の友人の家まで、ワインを2本と日本酒を1本、カマンベールを1つ携えて向かった。
商社勤務の旦那様は、昨日からアンゴラという国に出張で不在。
人の数より地雷の多い国、そんなところに10日の滞在だと言う。

脈絡もなく、また時間の意識を忘れるように、女性どうしの話は続く。
ノロケもあるし、愚痴もあり、吐息もあれば、ため息も出る。
湾岸の夜景はきらめいて美しい。

苦くもあり、甘くもある。

あなたは苦いと言われても、そんなことはないと思う。
あなたは甘いと言われても、そんなことはないと言いたくなる。

考えるのはいけないことだろうか。
感じたことを咀嚼することは、欺瞞を含んでいるだろうか。

勇気の乏しい自分がほとほと嫌になる。
しかしながら、誰が私を一番理解してくれているかを思い巡らし、ひとりでうなづく。
あるいは、どうしても他人には説明がつかない物事や関係性というのを、この胸にだけあればいいのと、その「もういちど」の抱擁が苦くて甘い。甘くて苦い。


チョコレート Monster's Ball(2001年・米)
監督:マーク・フォスター
出演:ハル・ベリー、ビリー・ボブ・ソーントン、ヒース・レジャー他
[PR]
by yukotto1 | 2006-02-12 01:46 | しっとりする映画