生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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彼女の部屋-彼女を見ればわかること-

スピーチの原稿をもう一度書き直そうと、新幹線の中でペンをとる。
伝えたいことがたくさんあるので、そのどれひとつと選ぶのが難しい。
何においても言葉が足りないような気がし、それでもつい書き過ぎないようにと気をつける。

あまりにもプライベートな逸話ばかり浮かぶので、具体的なことを書くのをためらいもするが、そうすれば話がぼやけてしまって、知らない人はしらけるだろう。
そんなことを考えながら、まとまりきらない原稿用紙を、何度も何度も推敲する。

彼女の結婚式。

確か5年位前に絶対に泣くと宣言したけれど、その日がついにやってきた。
自分より前か後かとは想像したことがなかったけれど、想像を超えた展開であることは確かだった。
それでもそれも、彼女らしいかもしれない。

実に毅然として折り目正しく、また柔軟で軽やか。そして大胆。



彼女のことを思い描く。
初めて出逢ったときのこと。

新宿東口で催された、東京地区の内定者懇親会。
確か7年前の秋あたりだったか。
彼女と、今はもうママになったもうひとりの女の子と、二人は並んでいて、少しだけ挨拶のような会話を交わした。

それから新入社員研修の期間、3ヶ月足らずの間だったけれど同じ寮で暮らしたこと。
車がなくてはどこにもいけないような土地で、日々の愚痴をよく言った。
もう名前も忘れてしまったけれど、寮からそんなに遠くないイタリアンのお店で、することもない週末に同期の男の子たちと食事をして、彼らの話の退屈さにうんざりしてお酒ばっかり飲んでいた姿とか。
恋人に送りたいけれどバースデーカードがないというのでパリで買った星の王子さまのポストカードをあげると、彼女が「王子さまが彼に似てるわ」と言ったこととか。
性格が合わなくてやたらぶつかるという、同じ研修グループの男の子に、陰で変なニックネームをつけて呼んでいたこととか。
同期で一番最初に東京配属が決まって、とても喜んでいたのに半面で「なんか主流から外れた気がする」と言って落ち込んでいたこととか。

彼女が東京に行って、私が名古屋に住むようになって、それから先のことはもっともっと書ききれないほどのことがある。
お互いに、いろんなことがある。

彼女が、仕事や恋愛のストレスでひどく痩せてしまったとき。
私が、顔じゅうにニキビができてしまったとき。

家族の話。反抗期の話。昔の恋の話。今の恋の話。
ありたい姿。許せないこと。
歯止めがきかないこと。
理由がわからないこと。

どうしようもないこと。
信じていること。

信じられないこと。
信じたいこと。

彼女の部屋のことを思い出すと、それをイメージしただけで胸がいっぱいになった。
新幹線の中で、ひとり、ガラス窓からの明るい陽射しを思い出した。
朝、目が覚めて、薄いグリーンの掛け布団越しに、光の中、何かを探す。

未来や、若さや、曖昧や、予感を探す。

あるときは彼女を鏡のように感じ、また同じような切ない重力を抱える存在と感じた。
抜けきれないサガがあり、あえてそれを飲み込む意志もあった。

お手製のパスタとサラダとブルスケッタ。
グラスワインとレンタルビデオ。
「彼女をみればわかること」。
いろんな女がいる。いろんな男もいる。
そういうことを知っていて、そういうことを受け入れる、そういうのが私たちの得意技だった。

彼女の部屋で昼近くまで、天井に、壁に、カーペットに滲み込んだ戯言や妄想に包まれながら眠る。
そこは居心地がよく、その窓は東京の屋根に臨む。

若い彼女と、若い私がそこにいる。

私たちは、まだ相対的には若いかもしれない。
あるいは、相対的に若くないかもしれない。

ただ、あの頃見えなかったものの一部分が見えるようになり、また依然として一部分は見えず、そして大半はあの頃何を見ようとしていたのかさえ忘れてしまった、永遠に見失った何かになった。
そして今は、また新しい別の何かを見ようと、懸命に瞳をこらしている。

やわらかいカーテンの記憶。
彼女がかける朝の音楽の記憶。
バスソープの香り。
枕の弾力。

「私は匂いに弱いの」
彼女は、大切なものをなんでも嗅ぎ分けていく。

彼女の結婚は、私にとって同時に、彼女の部屋との決別であったような気がする。
それは20代との決別のようであり、ただ単純に友人が結婚して嬉しいとか喜ばしいとか、そういったものを遥かに超えた私自身の節目の日なのだ。

だからもう、泣けて泣けてしようがなかった。
「あなたの結婚式には必ず泣く」と5年も前に宣言していた自分が、今日そんなふうに感じる自分を十分に予感していたのだと思うと、よりいっそ泣けてきた。

私たちは逃れきらぬ一方向の波に乗っている。
それでも、私たちはその波間に出逢ったのだ。

誰かが褒めてくれなくても、少なくとも、私たちの「これまで」は決して悪くなかった。
十分に素晴らしく、間違いなく輝いていた。
それは本当。誰にも奪えない。

揺り返し、照り返し、人生は交わって続く。
幸福の正体は、その背中にあるだろう。
その肩越しにあるだろう。



彼女を見ればわかること Things You Can Tell Just by Looking at Her(1999年・米)
監督:ロドリゴ・ガルシア
出演:グレン・クロース、ホリー・ハンター、キャシー・ベイカー他
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by yukotto1 | 2006-04-17 01:03 | 考えてしまう映画