生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

Communication with a refrigerator-キッチン・ストーリー-

やっとマンゴーが届いた。
1ヶ月前にうちの会社の通販で注文した、タイ産の完熟マンゴー。
そろそろ届くだろうと思っていた、大きくて黄色いマンゴー。

段ボール箱に6個、白いビニールのネットをかぶってラグビーボールを一回り小さくしたくらいのサイズのマンゴーは、指でやさしく押すと中は十分にやわらかく、既に食べごろだと分かる。
バンコク滞在中は毎朝のように味わっていた、一種の臭みと表現するにも近い、独特の甘い香りを思い出す。

土曜日は昼に友人が来ることになっていた。
私の部屋の隅に置かれた、モザイク状にタイルがはめ込まれた円い天板のテーブルを彼女が引き取りにくるのだ。



そのテーブルは、5年前に彼女と一緒に表参道を散策中に目にとまって買ったものだったが、彼女もそのとき、同じテイストで少し小ぶりのテーブルを買った。
私が自分のテーブルをもてあましているという話をすると、広めの部屋に引っ越したらしい彼女がそれを譲り受けると言った。

「テイストが揃えだし、私のと二つ並べるとかわいいかなと思って」
「憶えてないかもしれないけど、私のテーブルは椅子が二脚あるのよ」
「そうだっけ?」
「いるんだったら一緒に引き取って。いらないなら、別に構わないけど」
「じゃあ、見てから決めようかな」

それで彼女は土曜日の昼、私の部屋にやってきた。
あいにく今日は、朝からひどい雨だ。
今年の5月は晴れ間が少なくて寂しい。

「マンゴーがあるのよ。届いたの」

最寄り駅まで友人を迎えに行き、一時的に小ぶりになった雨の中を歩きながら私はそう言った。

約束に昼どきを指定したのは私の方だった。
夕方から予定があるのだ。
せっかくの時間なので、来客にランチを振舞う。

レバーペーストを塗りつけたクラコット。
スモークサーモンとベビーリーフのサラダ。
アスパラとポークスライスのトマトパスタ。

冷蔵庫の中のありもので簡単にできる料理ばかりだけれど、なによりも、今日のメインは届いたばかりのマンゴー。

パスタを食べ終えたところで、私は段ボール箱からやわらかい果実を取り出す。
冷やす暇もなかったのが残念だ。
「大きいね。こんなマンゴー見たことない」
「タイ産なの。タイのはみんなこういうかたちしてる」

バンコクにいるときは友人の家に居候をしていて、いつも友人が切り分けてくれた。
縦に割られた実、皮の裏にベロリと熟れたオレンジ色の果肉。
食べやすいようにそれにそのまま賽の目の切込みを入れて、スプーンですくって口に運ぶのだ。

自分で切り分けるのは初めてなのだが、ダンボールの注意書きに「3枚におろす」と書いてあるので、どういうことかと訝しがりながら、魚をさばくようなイメージで水平方向に包丁を入れる。
初めて知ったのだが、マンゴーの種は平べったくて硬い。
通常イメージする「フルーツの種」のかたちとは大きくかけ離れている。
確かに「3枚におろす」という表現がふさわしいように思えた。

予想になかった種の形に少々手こずったが、なんとかそれらしい感じでカットされたマンゴーを皿の上にのせてサーブする。
予想したとおりの、少し懐かしい南国の香りがした。
舌の上に運べば、蜜のような甘みが凝縮された芳醇な潤いが広がる。
熟れきった味わいだ。

食事の後に食べるにしては、二人で1個は多いだろうかと思っていたが、意外とペロリと食べきった。
友人は久しぶりに再会したテーブルと椅子を、「もらっていくね」と引き受けてタクシーを呼ぶ。
仕事が忙しくて郵送だと受け取れないので、このまま持って帰るのが早いからと言うのだ。

ランチの間はどしゃぶりだった雨が、友人が帰る頃、また小ぶりになる。
私は雨女だが、友人は晴れ女らしい。

ごちそうさまと彼女は言って、テーブルもらってくれてありがとうと私は言う。
マンションの下まで家具を運んで、運転手さんに笑顔を振りまきながら大荷物を強引にトランクとリヤシートに積み込む。

じゃあね。また。
彼女は帰った。

残った私は空を見上げた。
天気予報どおり、今夜もずっと雨だろう。
私は雨女だから、大事なときほど雨が降る。

夕方からは、増上寺で薪能を見る予定だったのだ。
夜闇の中に松明を焚き、東京タワーと古式ゆかしい寺の本堂が迫る風情ある舞台で能を観賞するなんて、なんと素敵なことだろうと、2ヶ月前にチケットをとってから、ずっと楽しみにしていた。
けれど、雨が降れば中止になってしまう。
(正確にはS席とA席だけは本堂の中で観賞できる。私はB席のチケットしか取れなかったのだ)

部屋に戻ってなんとなくテレビを観たりして、ぼんやりと時が過ぎるのを待っていたが、ふと思い立って出かける支度を始めた。

どうせ雨は止まない。
能は中止だ。

マンゴープリンを作ろう。

もしも能を見に行くのだったら、もう少しおしゃれをしただろうが、雨に濡れてもいいようなラフな格好のまま外へ出る。
増上寺へ寄ってチケットを払い戻してもらって、それから有楽町のビックカメラに行こう。
1月にパソコンを買ったときのポイントが十分に残っているはずだから、それでフードプロセッサーを買うのだ。
マンゴーをピューレにするため。

私は、家電量販店が好きだ。
テーマパークを連想させるような、あの雑多な賑やかさ。
最新のテクノロジーに大きくうなづきながら目を輝かせる人々の顔を見ることも楽しい。

フードプロセッサーはいくつかの種類があったが、迷うほどの数でもなかった。
店員さんに説明を聞きながら必要な機能と価格を見比べて、ちょうど事前にインターネットで調べたときにも出ていたブラウン製の品にする。
先端の部分を付け替えて、ブレンダー、チョッパー、泡立て器の3つの機能に切り替えられるのだ。
デザインも一番洗練されている。
価格は1万円弱だったが、保有ポイントで全てまかなえた。
買ったというより、「交換した」という感じ。
払い戻した能のチケット代もあったので、外出して財布の中にはお札が増えた。

レジの後、興味のおもむくまま、様々な家電の展示を見て歩く。
ワインセラーは安いものでも2万円以上するのだと感心したり、プラズマテレビは37型で30万円台だと知ったり。
噂に聞いた「お掃除ロボ」の実演は、おもちゃみたいだな、と面白がってみたり。

そして、数ある家電の中で、私が今、一番欲しいものは冷蔵庫。
自炊をするようになってから、現在使っている一人暮らし用のそれではどうしても容量が足りなくなっていたのだ。
最新の冷蔵庫にはどんな機能があるものだろうかと、フードプロセッサーとは比べ物にならないほどの選択肢を物色する。
最近は、デザインが随分洗練されているものも多い。

驚くことばかりだった。

そういえばテレビCMで告知していたのを見た気もするが、瞬間冷凍した食品は包丁でさっくりと切れるらしい。
これなら冷凍保存も小分けが必要なくて便利だ。

それから、どの商品も野菜室がたっぷりと用意されている。
特に、長ネギやごぼうを立てたまま収納できるスペースには感嘆したし、調味料や薬味などこまごましたものを置くのにぴったりの棚や、出しやすい場所に備えられた卵ホルダー、数え切れない工夫が詰め込まれている。

何年か前、実家が冷蔵庫を買い換えたとき、自動製氷機に感心したが、そんなのはもう常識のように全ての商品に標準装備されていて、今や氷が作られるときの「嫌な音がしない」という気配りがされている。
確かに、あの製氷機の音は真夜中などに聞くとびくっとするほど不気味ですごく気になるのだ。

人が知恵を凝らし、世の中が確かに進化していくのを感じることが嬉しい。
そこに「ものづくり」を透かして見るのだ。

冷蔵庫などは特に、実用の様子を細かに観察して新たな進化のヒントを探し、それをもとに開発されているに違いない。
映画「キッチン・ストーリー」は、キッチンにおける独身男性の動線を調べる研究のために、調査員がテニスの審判が座るみたいな高い椅子に腰掛けて、キッチンの隅からとある独居老人の生活を眺めるという風変わりな設定だ。

キッチンでは湯を沸かし、唯一の友人が訪ねてきたときに会話をするだけしか用がない頑固な老人と、調査対象者との会話を禁じられた物静かで孤独な男性調査員のコミュニケーション。
最初は疎ましく感じていた家の主がやがて心を開いていくさま。

調査員と対象者。
無機質な関係が、独り言を触媒に有機的に変化していく。

キッチンは、仮に料理をしなくても、欠かせない生活の場だ。
ワンルームの部屋ではどこがキッチンかさえ判然としないかもしれないが、少なくとも、自宅にいれば冷蔵庫を開けない日は少ない。
粘着質な扉の開閉は、作るものと使うものの会話のような気さえする。

夜は、キッチンでマンゴープリンを作った。
インターネットで見たレシピの通り材料を混ぜ合わせ、グラスに小分けして冷蔵庫に入れ、一晩寝て楽しみに朝、扉を開けたが、がっかりしたことにプリンが固まっていない。
ドロドロとした液状のまま、昨晩の状態と変化がないのだ。
レシピの通りのはずなのに、ゼラチンが足りなかったのだろうか。
少し指につけて舐めてみたが、無用に甘くて到底口にできそうもなかった。

数時間凹んで決心し、別のレシピでもう一度トライした。
今度はゼラチンが多めのレシピを選ぶ。
買ったばかりのフードプロセッサーが昨晩に続き活躍して、20分足らずで再び冷蔵庫へ。
1~2時間で固まるはずなので、その間、近所の銭湯に行き、戻って再び楽しみに具合を確認すると、今度もまた固まっていなかった。
もう1時間待ってみたが、結果は同じ。

また、失敗だ。

マンゴーを無駄に消費してしまって悲しい。
もう一度チャレンジしたものか迷うのだが、そのまま食べればあんなに美味しいのだから、結局諦めることにした。
一体何が悪かったのだろう。

残りのマンゴーはまた、冷蔵庫で眠っている。


キッチン・ストーリー Kitchen Stories(2003年・ノルウェー/スウェーデン)
監督:ベント・ハーメル
出演:ヨアキム・カルメイヤー、トーマス・ノールストローム他
[PR]
by yukotto1 | 2006-05-28 23:29 | ハッピーになる映画