生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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1カットの魔法-エイプリルの七面鳥-

ただ一つのカットで、「あ」という具合に心を奪い去ってしまう映画というのがある。
その瞬間、胸がきゅうっとなって、涙がぶわっと溢れて、魂がどこか別の国へ行ってしまうみたいな、そんな感覚。
そんな、映画。

3月の終わりに入ったスターチャンネルの月間番組表を見ると、ある日曜の15時から「エイプリルの七面鳥」がやると書かれていた。
スターチャンネルはこのところ、退屈な日には心の友。

「エイプリルの七面鳥」って、素敵なタイトルだ。
まず、エイプリルという女の子の名前が好き。
かつて日本でもNHK衛星で放送していたアニメ「ミュータント・ニンジャ・タートルズ」のヒロインの女の子の名前がエイプリルだったのを思い出すが、多くのアメコミ作品と同様、そのエイプリルはちっともかわいらしくなかった。



でも、エイプリル、その響きが好き。
日本語に訳すなら「卯月」なわけだが、4月生まれの「卯月ちゃん」っていうのもやっぱりかわいいと思う。

七面鳥というからには、感謝祭がテーマだ。
この、感謝祭というイベントは日本人にはなじみがないので、いまいちよく分からない。
日本にもちょうど同じくらいの時期に「勤労感謝の日」というそれっぽい祝日があるが、それは「建国記念日」や「海の日」くらい、大半の日本人にとってどうということのないただの休日である。
ところが、アメリカにおいて感謝祭とは、家族が集って七面鳥を食べる、きわめて大切な日のようだ。

そんな、感謝祭の日、エイプリルという名の女の子のお話。

主役のエイプリルを演じるのは、最近トム・クルーズの子どもを出産したケイティ・ホームズ。
トム・クルーズの恋人として以外は認識したことがない女優だったが、勝手ながら彼女に薄っぺらいイメージをもっていたので、作品も薄くて軽い感じと予想していた。

確かにテイストは少しpopなのだが、だけれどこの映画、薄くなんかない。
それどころか、家に帰ってアルバムを開いて、20年以上前にそこに隠した秘密がまだちゃんと守られているかを確認してほっとするような、大事なセピアの匂いがする。
どうしてあのとき、あんたはいい子だと、母は頭をなでてくれなかったのか、歯がゆい寂しさとほろ苦さ、心の芯が求めつづけているショコラショーのような甘いぬくもりを、鼻先に嗅ぐ感覚がする。

涙をためた、水風船。

癌に侵された母と、その母を愛する寛大な父。
母にプレゼントされたカメラで繊細に揺れる命はかなき母の姿をフィルムに残し続ける、優しい弟。
とてもいい子で、とてもいい子だから手をかけてもらえず、それで本当は愛に飢える妹。
穏やかさを愛する、穏やかな祖母。

そして、生まれたときからずっと「悪い子」で、家族を困らせ続けてきたエイプリル。
赤い髪、隈取のような黒いアイカラー、ゴツいリング、じゃらじゃらとしたブレス。
保守的な「郊外型」家族の中で、彼女はいつも異常値だったし、特に母親とはぶつかり合ってきた。
数年前からは家を出て、今はニューヨークで恋人と暮らしている。

そのエイプリルが余命幾ばくもない母を感謝祭のディナーに招待したのだ。
もう何年も会っていない家族をみんな呼んで、生涯で初めての手料理を振舞う。

もちろん感謝祭の食卓に七面鳥ははずせない。
エイプリルは慣れない早起きをして、七面鳥の仕度に取り掛かるのだが、オーブンが壊れていることに気づく。
仕方なく、彼女はアパートの住人たちに、これまた慣れない頭を下げてオーブンを貸してもらおうと奔走するのだ。

映画は、まる半日かけたエイプリルの奮闘と、奇妙なアパートの住人たちとの交流を描き、また他方で何年かぶりに顔を見るエイプリルの家へと向う、家族ご一行の不安とためらい、気丈な陽気さと哀愁を描いていく。

不器用で愚かなエイプリル。
七面鳥はちゃんと完成するのかと、観ているこちらがヤキモキする。

情緒不安定に操と鬱を繰り返す、はかなげな母。
家族はちゃんとエイプリルの愛にたどり着くのかと、顛末に気をもむ。

そして、最後のいくつかのカット。
扉を開けたエイプリルの、こわばった顔。

そして。

たった1カットで、糸が切れて凧が空に飛び立つ。
堰を切った温度が胸のあたりに流れ出す。

大切な人たちと、温かい食卓を自分も囲んでいるような、やわらかい魔法に包まれる。


エイプリルの七面鳥 Pieces of April(2004年・米)
監督:ピーター・ヘッジズ
出演:ケイティ・ホームズ、パトリシア・クラークソン、オリヴァー・プラット他
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by yukotto1 | 2006-06-03 23:37 | ハッピーになる映画