生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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Tomorrow is another day-風と共に去りぬ-

私には弟が2人いるが、父方と母方に2人ずつのいとこもいる。
彼らはみんな私より年下なので、私は昔からいつでもどこでも、みんなの「お姉ちゃん」だった。

実家の母から連絡があり、いとこの1人が今年大学を卒業し就職して、ちょうど今、東京で新人研修を受けていると知らされた。
「なんかおいしいもんでも食べさせてやって」

Tちゃんと最後に会ったのは5年近く前で、そのときあの子はまだ高校生だった。
それがもう社会人なのだ。
大学を卒業してからの時の流れは感覚が鈍いが、5年の月日があれば、少女も立派な大人になる。
そういう事実に、小さなめまいがする。



Tちゃんは母方のいとこなので、香川で生まれ香川で育った。
つまり私の母と生家を同じくしている。
本人は神戸の大学に進学したいと言ったらしいが、一人娘を手放したくない叔父が大反対して地元の香川大学に進学した。
片道1時間ほどかけて、満濃町から高松まで車で通学していたらしい。
生まれてこの方、あののどかな環境で暮らしてきたのだと思うと、彼女の22年はまさに「すくすく」と音のする健やかさと言えそうだ。

Tちゃんとは8つ年が離れているが、私は小学生の頃、盆と暮れは必ず母の実家で過ごしたので、そこに暮らす幼いTちゃんと遊んだことを憶えている。
ふっくらとしたまるい頬をして、澄んだ大きな瞳と、愛らしい唇をしたとても可愛らしい女の子だった。
あの頃のTちゃんは「なんてったってアイドル」を歌う小泉今日子に似ていた。

成長するにつれて、Tちゃんはどんどんお姉さんらしくなっていった。
Tちゃんには一つ年下のやんちゃな弟がいて、その弟をたしなめる口調はいつもクールだった。
叔父も叔母も善良な人だが、その善良さを裏切らない優等生タイプでもあった。

ただあの子は、私に対してはまるで妹らしい表情を見せた。
その大きな瞳を潤ませるようにして、ほんの少し甘えた微笑みを浮かべる。
そうして私に様々な話をせがみ、従順に耳を傾けるのだ。

高校1年のとき、私はTちゃんに「私は東京に行くねんよ」と打ち明けた。
もちろんまだ東京の大学を受けるよりだいぶ前の話だが、私の中では16、7のときからそう決めていて、まだ10にも満たないTちゃんは、そのとき見知らぬ東京という場所を思い描いて神妙な顔をし、「どんなところなんやろうね」とつぶやいた。

そのTちゃんが、上京した。

母に教えられた番号に電話して、水曜の夜、銀座で待ち合わせることにした。
「おいしいもんでも食べさせてやって」と言われたので、何かあの子が喜びそうな店に連れて行ってあげようと思った。

私が上京した頃のことを考えたが、まだ学生だったので大した贅沢をした憶えはない。
行動の範囲は渋谷と新宿、下北沢と決まっていたし、飲み会の予算は3000円が相場だった。
バイトの時給は900円で、まとまったお金がいるときは日給1万円くれるキツめの短期バイトを詰め込んだ。
Tちゃんのお財布がそれと大差がないとして、その上、華やかさとは無縁の田舎生活を抜けたばかり。
「ワインは飲める?」と尋ねると、「あんまり飲んだことがないけど、イタリアに行ったときは飲んだ!」と答えて、私がワインを飲むようになったのも、社会人になってからだったように思い出す。
そして私はcozyだが、少し大人っぽい雰囲気のイタリアンを予約した。

東京に慣れないTちゃんとの待ち合わせは、分かりやすい場所で。
約束の時間の少し前に電話で「日産ギャラリーの前で。地下を通った方が迷わないよ」と告げると、よく分からないけどなんとか行くと明るい声がする。
丸の内線で来たというから、4丁目まで少し歩かないといけない。
そもそも田舎に地下鉄はないし、一つの街に行くのに複数の路線が乗り入れているなんてことがない。
そんなこと一つで戸惑ってしまう、そういうつたなさが上京したての不自由さであり自由さでもある。

5年も経てば見違えるかもしれないと思いながら、ショールームの前に立ち、注意深く街の人々を見ていた。
「yukottoちゃん!」と声がして、振り返るとまるい頬の面影がにこやかに駆け寄ってくる。
Tちゃんは淡いピンク色のアンサンブルに白いスカートという、絵に描いたような愛され系OLスタイルを纏い、5年経ってもちっとも変わらない清純さあふれる笑顔をしていた。
「逢えてよかった」
息をはずませながら言うTちゃんは確かに少し大人になったけれど、ハロプロ系の幼めの顔立ちに大きな瞳は今日も輝いている。

店に入るとTちゃんは、「すごーい」とか「こんなところ初めて」とか「緊張する」とか、想像したとおりの反応をして喜んだ。
特別に高級な店でもないし老舗というわけでもなく、どちらかというとリーズナブルな店なのだが、ただ雰囲気に艶がある。
ちょい悪を目指すおじさんが、20代前半までの若い女の子を少々こ洒落た店に連れて行くといい気分を味わえるのがよく分かる。
私くらいの年齢になってしまうと、それはそれなりに経験も積んでしまって、多少のことでは感嘆の声を挙げにくい。

8歳の年の差があることと、それでも彼女がもう高校生なんかじゃなく十分に大人であることを意識しながら言葉を選び、5年のブランクを埋める情報の交換と社会人になりたての彼女の未来について話をした。
私たちが最後に会ったのが、私たちの祖父のお葬式であったこと。
Tちゃんは大学生になって卒業して就職をし、Tちゃんの弟は大学に入ったのに中退してしまったこと。
叔父さんがTちゃんのことをいつも心配ばかりしていること。
卒業旅行にイタリアに行ったこと。
弟が瓦職人になったこと。

システム系の会社なのだが、ちんぷんかんぷんのIT研修を受けていること。
配属は東京か大阪での営業職を希望して、ちょうどその日、東京配属が決まったこと。
同期の女の子は30人くらいいるのに営業になったのは3人だったこと。
営業職以外の女性はみんな一般職扱いで給料も低いので、東京で暮らすなら営業以外ないと思ったこと。

休みの日にお台場やIKEAに行ったこと。
サッカーのオーストラリア戦を同期たちと一緒にパブリックビューイングで応援しに行く計画があること。
東京の人は四国を関西の一部だと思っていること。
香川ときくと、みんなうどんのことばかり言うこと。
東京の讃岐うどんは美味しくないわけではないが、本場とは別物であること。
特に麺がまったく違うということ。

一つ年上の恋人がいて、彼は今東京で働いていること。

記憶にある以上にTちゃんはおしゃべりで、次から次へと色んなことをしゃべった。
終始瞳がきらきらと輝き、人懐っこい笑顔をふりまいていた。
営業職のイメージなどなかったのだが、こうやって見ると上司にもお客さんにもかわいがられて、結構うまいことやりそうだ。

そして、Tちゃんはリズムよくワイングラスを空にした。
シャンパンから始まって、白ワインを2杯と赤ワインを1杯、顔色一つ変えることなくけろりとくいくい飲み干した。
食欲も旺盛によく食べて、随分満腹になってきたところでデザートはどうと尋ねると、嬉しそうな顔でティラミスをオーダーした。

Tちゃんを見ながら、上京したばかりの頃の自分だったり、銀座という場所にまだ戸惑った頃の自分を振り返る。
随分と長い時間が過ぎたのだと、振り返る。

腕いっぱいに抱えている、あふれんばかりの夢や希望、ささやかな不安、絶え間ない驚き。
どんな気持ちでこの大都会でスタートを切ったのか、とてもとてもよく分かる。
だから、Tちゃんの彼氏が甲斐性をつけるまでは、ときどき、こうやっておいしいものを食べさせてあげなくちゃと親心が生まれる。

私の中でTちゃんはこれまで、幼いいとこの女の子だったし、あどけなく純情な妹だった。
これから先、どんなふうに成長して、ますます大人になっていくのだろうか。
無情な世知辛さに出逢っても、今私に見せてくれるように朗らかな笑顔をずっと守っていけるかしら。
これまであたたかい家族と、のどかな生活に守られてきた、この笑顔を。
私は彼女の未来を楽しみに思いながら、そして自分がこの8年のうちに経験してきた数々のことを思い出しながら、彼女がその純粋さゆえに困難にぶつかることを少し心配する。

けれど、帰り道、Tちゃんから「yukottoちゃん、今日はありがとう!」とイマドキの子らしい顔文字満載のメールを受け取ったとき、私はきっとあの子は大丈夫だと思い直した。
なぜなら、そのメールアドレスの一部に「tomorrow is another day」という文字列が入っていたのだ。

Tomorrow is another day.
映画「風と共に去りぬ」で、主人公スカーレット・オハラがラストシーンでつぶやく台詞。

「明日は明日の風が吹く」という名訳は、幾たびも裏切りや戦争に傷つき、それでもその度拳を作って立ち上がるスカーレットの美しく力強いポジティブさを見事に表している。
それは私の大好きなシーンであり、また、スカーレットは私の強く憧れる女性でもある。

その言葉ひとつで私は、Tちゃんは既に、思うよりずっと大人になっていて、これからも賢く強く素敵な女性になっていくのだと知った。
眩しく遥かな未来が、スカイスクレイパーとネオンの先に広がっている。


風と共に去りぬ Gone With the Wind(1939年・米)
監督:ヴィクター・フレミング
出演:ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル、オリヴィア・デ・ハヴィランド他
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by yukotto1 | 2006-06-20 01:08 | ぐっとくる映画