生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

風の匂い-パンチ・ドランク・ラブ-

本当は1月に書いた記事なのだが、何かしら思うところあって、書いたまま掲載していなかった。
それは前職の最終出社に近い日、仕事帰りに、とある男友達と会った日のこと。

彼も私とちょうど同じ頃、転職をしたのだが、その日は双方共に引継ぎと身辺整理で時間を過ごした一日だった。
彼の転職先は、どういった縁か、かつて私が新卒で勤めていた自動車会社で、そんなわけで彼はまもなく愛知県への引越しを予定していた。

あれから、半年を優に越えた。
彼が新しい会社で働き始めて4ヶ月が経つ。
そんな彼から、昨夜ずいぶん久しぶりのメールが来たので、この記事を思い出して載せてみる。



___

会社を辞めると風の匂いが違うとか、そんな話を聞いたけど、大して何にも違わない。
今日は暖かい一日だった。
12月ごろの凍えや、日本海側の大雪を思い描いたら、嘘みたいだ。

なんでこんなにリアリティに欠けるのか。

この3年やってきた仕事だって、ひとつ終わればまたひとつ、新しい職場を転々とする流浪人だったのだから、それがたまたま新しいプロジェクトが新しい社籍で始まるに過ぎない気がするのかもしれない。
過ぎない気がするというより、実際そうなのだ。
私は3年間、この会社に所属してきたけれど、この会社のために働いたと思うことは採用活動くらいなもので、普段、会社は「寄り合い所」とか「事務所」みたいな感覚に近かった。
だからどうってことはない。

どうってことはない、はず。

たぶん新しい仕事が始まって数ヶ月したときに、何か感じるんだろう。
前と後の違いに。

どっちにしろ、働くということは続くのだ。
生活だって、人生だって続いてく。
近頃私の心を占める感情も、転職なんぞじゃ影響を受けない。

たぶん。そのはず。

でも、わからない。
実際に、移ってみないことには。

「退職のご挨拶」というメールを送ると、いくつも返信をいただいた。
懐かしい人にも送ったので、懐かしい人から届いたメールに少し心がほころぶ。

返信をくれたうちの一人もまた、近々転職を予定している。
「引継ぎしかしてないから、ヒマヒマ」と言うので、「じゃあ、さっそく飲みにいってみる?」と銀座まで。
19時半の待ち合わせでプランタンでちょっと買い物までできてしまう、この夜の空気が新鮮だ。

「うれしそうな顔してるね」
会って早々そう言われた。
そういえば、今日は通算10人くらいにそう言われた。

そっか、私、うれしそうな顔してるんだな。
それが私の転職に当たっての心境。

なんにせよ、節目なのだ。
人生に節目っていっぱいある方が楽しい気がする。

4ヶ月ぶりくらいに会った友人は、これまた見慣れないスーツ姿。
髭がますます増えている。
中東人相手の仕事で「ハクをつける」のが目的だったか、職場の女性たちに好評だったからだったか、もう理由は忘れてしまった。
ともかく、元気そう。

なんで元気かといって、彼は昨年の終わり、運命の出逢いをしてしまったのだ。
遥か異国の地で。

これを電撃と言わずしてなんと言おう。
たった3時間の会食で、彼は恋に落ちた。
11月に一度きり逢ったその人に逢うために、クリスマス、再び欧州の地を踏んでいた。

その間に電話やメールのやりとりはあったかもしれないが、実際に顔を合わせたのは、過去2回だけ。
それで、彼らは、もうほとんど結婚まで決意してしまったのだ。
そう思ったのが彼だけじゃなく、彼女の方もそうだというのが、なんだかもう、問答無用の境地だ。

友人として、俄かにこれを祝福してよいのかどうか、私には分からないが、でも、ともかくすごいと思う。
そのエネルギーがすごいと思う。

熱にやられていようが、幻を見ていようが、誰に何の文句がつけられるだろう。
多かれ少なかれ、恋愛だとか結婚だとかは、そんな類のものがスタートになることが常だ。
先のことは何一つ分からないけれど、今そう思うなら、そのまま走るのがいいんじゃないかと思う。

実は最近、私の周りで、この電撃婚がいくつか起きている。
その上、自分のごくごく身近な友人がその環境にあることが、驚きを通り越して、ある意味落ち込んでしまったりする。

基本的に、理性的で冷静なタイプの友人ばかりなのだ。
そういう人たちが、「これはね、特別なの。そういうものを感じたの」と言ったら、もう完全に白旗なのだ。
そう自信をもって言うんだから、きっとそうなのだ。
彼や彼女のような、聡明な人が言うんだから間違いない。

こればっかりは、そういう境遇を経験した人にしか分からない感覚なんじゃないかと思う。
いくら私がそれに理解を示しても、なんだか嘘っぽい。
だって、そんなの、なってみないと分からない。
当の本人たちだって、その感覚が起きる前から分かってたわけじゃないだろうから。(それとも分かってた?もしやそれは分かってた人にだけ訪れる???)

もちろん、最初に逢った印象で自分の中の好意は確認できる。
気が合うかどうかを知るのにも、そんなに時間がかかるものでもない。
そして、この感覚が恋愛や結婚にだってつながればいいな、と内心思う。
それはきっとみんなそうなのだけれど、逢って間もなく「もうこのまま結婚してしまおう」という強い確信を抱き、それがほぼ互いに同時で、そしてそのまま行動に移ってしまうというのは、やっぱり、それがどんな感じなのか、私には分からない。

羨ましいかと言われれば羨ましいような気もするし、でも、まるで自分を失ったかのようで怖い気がしたりもする。
けれど、そこを余計なことを考えず、妄信できるくらいであることそのものが、むしろ羨ましいのかもしれない。

妄信だなんて、ひどい言い方だろうか?
いや、あえて言わしてもらうが、それは妄信だ。
けれど、尊い妄信だ。

英語では一目ぼれのことを、「パンチドランク・ラブ」と言うらしい。
そういう名前の映画があって、出逢い頭に恋に落ちた少々風変わりなカップルの、不器用が衝突しあう物語だ。
カメラがわざとぶれる映像で、それが一層、drunkな気分を誘う。

めまいの中で、正体をなくすこと。

歓びは気体で、幸せは固体。
その瞬間的な歓びが、最後に固体として残るよう。

会社を辞めるときの風の匂いも分からない。
電撃婚も分からない。

でも、そんなもんだろう。

感じ方は様々。
恋のかたちも様々。

彼らには彼らの恋。
私には私の恋。

風の匂いを感じる人も、電撃婚で幸せをつかむ人も、等しく私は祝福しよう。

___

そんな友人から届いた昨晩のメールには、「腹をくくった」と書いてあった。


パンチ・ドランク・ラブ Punch-Drunk Love(2002年・米)
監督:ポール・トーマス・アンダー
出演:アダム・サンドラー、エミリー・ワトソン、フィリップ・ シーモア・ホフマン他
[PR]
by yukotto1 | 2006-08-07 21:57 | アートな映画