生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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つま先立ち時代-キューティ・ブロンド-

大学の教養課程で在籍していた通称「高山ゼミ」は、「国際政治・経済・社会の変容とメディア」という講義名がついた少人数ゼミだった。
入学式の翌日、つまり大学の授業初日、シラバスに書かれた「国際」や「メディア」の文字に躍らされて足を向けた教室で、さっそく面接と作文によるセレクションが行われ、後日、結構な競争率で幸運にも受講が許された。
だから、「高山ゼミ」との関わりは、私の(2つ目の)大学入学初日から始まって現在に至っているというわけだ。

毎週、先生やゼミ生が選んだ、TIMEやBusinessWeek、Economistといった海外のメディアの政治・経済・社会に関する記事を読み、それについてディスカッションを行うという形式で、当然記事は外国語で書かれているから、毎回10ページ近い分量の記事(しかも政治や経済や技術の専門用語満載)を予習として読みこなさねばならないというだけでも、英語力が中途半端な私には相当に骨の折れる授業だった。



その上、授業中のディスカッション(これは日本語)は、そこに混ざって発言をするというだけで、恐ろしくハードルが高かった。
なぜなら、そこで展開されていた議論は、当時の私にとってはあまりにも内容が高度で、記事の主題を理解すること自体が難しく、また、そこにどんな議論のポイントが隠されているのか、そんなことさえ検討がつかなかったからだ。
闊達に議論する先輩たちの物事を捉える切り口や洞察力、幅広い知識、鋭い意見の数々は、私には一切太刀打ちできないものと感じた。

一言でもいいから、何か言わなくちゃ何か言わなくちゃと強い焦りを感じながら、まごまごとしているうちに何度も議論に入るタイミングを失うばかりで、そのまま授業が終わってしまうことが続いた。
授業が終わり、今日も何も言えなかったと落胆する。
「発言しない人は、何のためにここにいるんですか」と先生に指摘されて、ますます落ち込んだ。
それなりの競争率で選んでもらったのに、私は全くゼミに貢献ができなくて、きっと先生は選択を間違ったと感じているだろう。
それを思うと、すごく申し訳なかった。

自分を振った恋人を見返すために一念発起してハーバード・ロースクールに入学してしまったブロンド娘が、アカデミックなキャンパスの雰囲気に場違いなピンク色のワンピースで登場してひんしゅくを買う、映画「キューティ・ブロンド」。
授業のハイレベルさや、講師の厳格さ、他の学生の熱心さや優秀さに、入学当初、大いに落ち込む。
まさに私の気持ちは、リース・ウィザースプーン扮する主人公エルと同じだった。

映画のように、やがて優秀学生に選ばれるなんてことは永遠にありえなかったけれど、私がその授業で、どうにかこうにか初めて発言することができたのは、夏休みも近づいた7月のことだった。
それがどんな発言だったかはもう忘れてしまったが、かなりどうでもいい苦し紛れのコメントだったという感覚は憶えている。
すごく恥ずかしくて、自分がつまらないものに思えた。
ただ、一言でも発言をした、というだけで、かろうじて少しほっとすることができた。

私にとってはゼミを続けていくだけでもチャレンジングなことだったが、この高山ゼミこそは私が大学生である唯一の証明みたいなアカデミックな世界で、そこへの憧れがかろうじて私をつなぎとめていた。
そうして、私は、単位が出なくなった翌学期以降もゼミへの出席を続けることにした。
少しくらいは無理するところがないと、何のために大学に行っているのか、さすがに分からなくなる。

ところがそう思った矢先、先生が研究のため、1年間パリに行くことになった。
2年生は3年生になってゼミを卒業し、また後輩の1年生が入ってくることもなくて、結果的に私たちの学年だけで自主ゼミを続けることになった。
そんな背景があったせいか、私たちの同期は結束だけは妙に強い。

先生からも「質はともかく、私がいない間も自主ゼミを続けた殊勝な学年」と評されている。

私たちは先生の直接のご指導を半年しか受けておらず、正直、見様見真似の学習を続けたにすぎない。
だから、たぶん、先輩方や、1年のブランク後入った後輩たちに比べると、決して優秀とは言えないだろう。
ただ互いに刺激を与えながら、どうにか自分を高めたいと思い続けられた気持ちは、高山ゼミにいたからこそだと思う。

大学で知り合った友人たちの中でも、高山ゼミの同期たちは実に個性的で、ちょっとある意味、普通に出逢えないようなタイプのエリートが多い。

同期の1人O君はミシガン大学で比較政治の博士号を取り、そこで教鞭もとっている。
彼がこの夏、一時帰国した折、せっかくなので集まれる人で集まろうということで、長く顔を合わせていない面々も含めて、ゼミ同期が恵比寿の店に集った。

8人いる同期のうち、2人は海外在住、1人は育児中ということで、その日集まったのは5人。
もう11年も経って、いいかげん年もとったのに、不思議と学生のときの気分が戻るのを、喉元にくすぐったく感じる。

考えてみれば、私たちの自主ゼミは、いつ終わりにすると宣言したことがない。
3年になってからも個々のテーマに応じて三々五々勉強会は続いていたし、いまだにたまに顔を合わせれば、議論の続きが始まるような気がする。
むしろ、各々の学問やキャリアの道で自主研究とも言うべき日々を重ね、今ならばもっと実のある話ができるかもしれない。

先生には、まだまだ青いと言われるかもしれない。
アカデミズムの本流からも外れているかもしれない。

ただ、私たちが大人になるのに必要なことを、自分自身で見つけ出して学ぶこと、そのことの大切さを教えてくれたのは、確かにあの場違い感の中で無理をしながらつま先立ちを続けた、あの日々だったと思い返すのだ。


キューティ・ブロンド Legally Blonde(2001年・米)
監督:ロバート・ルケティック
出演:リース・ウィザースプーン、ルーク・ウィルソン、セルマ・ブレア 他
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by yukotto1 | 2006-09-06 23:25 | 笑える映画