生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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クレヨラ-大いなる遺産-

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photo by hikaru

それはもう15年も前のことになるが、私は一度だけアメリカに行ったことがある。
高校1年の春休みに、カリフォルニアのリンゼイという町でホームステイをしたのだ。

リンゼイは本当に小さな町で、胸が透くほど広々とした大地にオリーブとオレンジの畑が延々と見渡す限り続き、民家はその畑の合間にまばらに建っているばかりだった。
つまり、いかにもアメリカらしい町だった、ということ。

アメリカらしい町には必ず、アメリカらしいスーパーマーケットがある。
ただ広い倉庫のような店舗で、食料品や雑貨がむき出しに陳列されている。
天井が高くて通路の幅が広くて、ショッピングカートを押す私は巨人の国に迷い込んだ小人みたいだった。

それはあらゆるものが新鮮で、心躍る、最高の旅だった。
16歳のありあまる好奇心が、休むことなく震える旅だった。



私はリンゼイに行ったおみやげに、そのスーパーマーケットで缶入りのクレヨンを買って帰った。
70色を超えるクレヨンが、四角い缶の箱にぎっしり詰まっている。それだけでテンションが上がる。
その上に、黄色と緑の色合いの、まさしくアメリカ的なロゴが描かれたポップなパッケージデザインがかわいくて、クレヨンそのものをどうしようというわけでないが、それが妙に私の心に響いたのだ。
「CRAYOLA」、宝物の箱みたい。

それは文具が並べられた棚の、一番下の段に積まれていた。
値段は、一箱8ドルくらいだったか。

私はそれを何個か買って、無理やりにスーツケースに詰め込んで帰ってきた。
アメリカで「CRAYOLA」は日本の「ぺんてる」くらいメジャーな子供向け文具ブランドらしく、そんなものを嬉々として求める私を、ホストマザーは少し呆れて笑っていた。
だけど、私にとってそれはアメリカで買ったものの中で一番上等のおみやげで、一番大事な荷物になった。

買って帰ったクレヨラを、一つは自分用にとっておいて、一つはいとこにあげて、あとは高校のクラスメイトにあげた。
自分の分は今も実家にあるはずだけれど、明確にどことは憶えていない。
もう15年前のことなので、それを思い出すことなんて、もちろん長らくあるわけがなかった。

先日、一番の親友との電話で、もうすぐ2歳になる彼女の娘について話していたときのこと。
「もう絵とか描いたりするの?」
「絵っていうか・・・なんかぐちゃぐちゃ描いたりはしよるな。絵にはなってないけど」

親友はデザインの仕事をしていて、絵を描くのがうまい。
彼女とは中学からの付き合いだけれど、当時からずっと絵が得意だった。
その娘はまだ言葉もろくに話せない、まだまだほとんど赤ちゃんだけれど、きっと母親に似てそのうち器用に絵も描き始めるだろうと想像したのだ。
今度遊びに行くときは何かお絵かきの道具を買っていってあげようか、そんな考えが浮かんでいた。

そうすると、母親が言った。
「もうちょっとまともに描けるようになったら、yuちゃんにもらったクレヨン、使わせようと思っとんねんけどな」
「私のあげたクレヨン?」

私があの子にクレヨンを買ってあげたことはない。

「昔もらったクレヨラのやつ。あれ、ちょっとだけ使うただけでおいとんねん」
「え?あれ、私、あげたっけ?」

彼女は私の中学の同級生で、私の記憶の中では、クレヨラをあげたのは高校のクラスメイトだけだったのだ。
私はその言葉に驚いて、彼女にもう一度問い直した。

「私、あげとってんな。hikaruさんにあげとってんな」
「うん。もらったで。もう15年くらい前やけどな」

なくしたジグソーパズルが見つかり、それが一つ埋まって全景が突然に見渡せたような思いがした。
あるいは、些細な出来事だけれど歴史の核心に迫る切り札のようだったし、錆びたオルゴールが前触れもなく鳴り始めたみたいだった。
とにかく、その言葉はものすごく肝心な「鍵」だった。

「なんで、hikaruさんにあげたんやろな?高校も違うし、そんな頻繁にも会ってなかったし」
「なんでやろな?たぶん、姫路に一緒に行ったときにもらった気がするで。あのとき、yuちゃんは紺色のタイツをはいとった」

たとえば、ディケンズの小説を映画化した「大いなる遺産」は、絵の才能に溢れた一人の少年が偶然のようでいて、また予め決まっていたかのような、数奇な運命を辿りつつ成長していく物語だ。
幻のような庭園で美しい少女と出逢った記憶、夜の海で恐ろしい囚人を助けた記憶、後になってしまえば、昔話か夢の中の出来事のような気がする。
けれど後に、仕組まれたように恋に落ち、名も姿も知らないものの支援で成功を得、そしてまた同じ庭に戻ってくること。
その発端は全て、10年以上昔に鍵を隠している。

私が失った記憶を誰かが持ち続けているという事実。
台風が太平洋の沖を通り過ぎていった後の、長月今宵の夜風が故郷を思い出させるように、心地よく肌を撫で、みぞおちをくすぐる事実。
物持ちのよい親友をもって、私は本当に嬉しかった。
クレヨラも思い出も、大切に大切にもっていてくれた彼女のことが、また大好きだと思った。

15年以上も経って、彼女の娘があのクレヨラで絵を描く。
素晴らしい奇跡に溢れたこの世界を、あの子はその目に見たまま感じるまま、のびやかに豊かに描いてくれるだろう。
それが楽しみでたまらない。


大いなる遺産 Great Expectations(1997年・米)
監督:アルフォンソ・キュアロン
出演:イーサン・ホーク、グウィネス・パルトロウ、ハンク・アザリア他
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by yukotto1 | 2006-09-19 01:08 | しっとりする映画