生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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神無月の恵み-千と千尋の神隠し-

離れて知るのは親のありがたみと言うけれど、郷土の味覚の豊かさもまた、そこを離れて改めて知ったことの一つだ。
特に秋から冬にかけて、私が生まれ育った兵庫県にはなんとも贅沢で素晴らしい特産品がある。

兵庫県北東部、京都との県境に位置する丹波地方、そこで採れる丹波産松茸は、松茸最高品種の一つ。
そして、今まさに松茸の旬。

実家では、いつも専門の卸業者から買い付ける。
叔父の家族、叔母の家族も集い、キロ買いした木箱の松茸を分け合うのは、今年もその季節が来たなあ!という風物詩。
高級品であることに変わりはないけれど、東京の高級スーパーで買うのに比べたら、当然ながらずっと手頃だ。



吸い込まれるような香りの松茸を眺め、その晩の食卓への期待が高まる。
焼き松茸、松茸ご飯、土瓶蒸しに松茸の天ぷら。
肥えた松茸がこれほどふんだんに使われた料理というのは、贅沢すぎてまず外食では出逢えない。
懐石料理に松茸がこの数分の一でも入ってたら、一人ウン万円はかかってしまう。

私が松茸好きなのを知っている母が「松茸届いたで」とか「昨日、松茸食べて美味しかったわ」とか電話の向こうでささやいて、実際、それで帰省してしまったことが何度もある。
実家までの往復の交通費も決して安くないが、それでもやっぱり、あれは東京ではお金を積んでもなかなか食べられないのだ。

今年の母は、松茸を送ってくれると言った。
ついでに、全然関係ないのに「肉も送ったろか?」と言う。

関西では、「肉」と言うと「牛肉」、さらには「ステーキ肉」を意味することが多い。
(一般に「肉まん」と呼ばれるものを関西では「ぶたまん」と呼ぶが、それは「肉」というと「牛肉」なので、豚肉を使っている肉饅頭は「ぶたまん」と表現しないと誤解があるため。
ちなみに、豚肉は「ぶた」、鶏肉は「かしわ」と呼ぶ)

これまた兵庫県の特産品、神戸ビーフ。
県北部の但馬地方原産の但馬牛をルーツとし、兵庫県内で育った牛のうち、一定基準以上の品質のものを神戸ビーフと呼ぶのだけれど、母はこのステーキ肉を送ってやろうと言うのだ。

「3枚?」
「なんで3枚やねん」
「ほんなら2枚か」

母がなぜ3枚送ろうかときいたのか、その数字の根拠が完全に疑問だが、その厚意はありがたくいただくことにした。
松茸とステーキ。
豪勢なご飯が食べられそう。

この一週間、松茸の食べ方について想いを巡らし、貴重な品の扱いには万全を期さなければと事前の留意点を確認して過ごす。

お吸い物の具は何がいいかな。
お肉を焼くための新しいフライパンを買おう。
彩りがあって野菜の採れる、さっぱりしたおつまみを何品か作ろう。
松茸も肉も焼きたてが美味しいし、ご飯とお吸い物は〆にいただきたいし、ベストな作業フローを考えなくては。

そんな想像だけで毎日が楽しい。
ごちそうを待つ日々は、「匂いだけで白いご飯が3杯食べられる」みたいな感じだ。

金曜日は早めに帰って、クール宅急便を待った。
20時過ぎ、蓋に「KOBE BEEF」というシールが貼られた発泡スチロールの箱が届く。
嬉々として荷を解くと、ぶあつい霜降りのステーキ肉が2枚、松茸が4本、それから実家の庭で栽培したスダチが何個か収まっていた。

幸せな気持ちでひと通り確認すると、新しく買った冷蔵庫に箱ごとそれを収める。
ついでに、こんな大きな箱がそのまま入っちゃう。と、再び噛み締める冷蔵庫購入の喜び。

前日、祖母に電話で松茸ご飯の上手な炊き方の指南を受けた。
昆布を1時間以上漬け込むこと。
炊き汁の味付けは薄めに。
松茸はほんの少し醤油で下味をつけて、炊飯の蒸らしのタイミングに入れる。

「あと16分いうてなったら入れるねんで」

「16分」という限定がまた可笑しかった。
祖母が炊飯器をにらんで、16分という表示が出たら急いで蓋を開けている姿が目に浮かぶようだ。

その忠告どおり、蒸らしの時間に松茸を加えることにした。
実際には、炊飯器を見たとき「あと12分」となっていて、祖母の指定を4分も回ってしまっていたけれど、結果的には何の問題もなく、確かに最初から一緒に炊くより、断然香りよく、くたりすぎず、絶妙の風合いにしあがった松茸を黄金色になったご飯と混ぜ合わせる。
三つ葉を添えて、スダチを絞れば、なんとも幸福な秋の味覚の完成。

吸い物は、豆腐と麩、三つ葉を少々、ご飯以上に松茸の香りを楽しむ。
みりんや酒も一切加えず、出汁に塩と醤油だけ、あくまでもシンプルに。

残りの松茸は、指で裂いて網でさっと焼く。
輪切りにしたスダチのきりっとした果肉、鮮やかな黄色。

それから、厚さ2cmはあろうかというステーキを、新しいフライパンでじゅっと焼く。
ほとんど必然的に大胆なレアに仕上がるが、このお肉、生で食べてもいいくらい。
ソースなどなくても滋味がにじみ出て、「おいしい、おいしい」という言葉ばかり続く。

日本人で本当に良かったなあ。
田舎の生まれで本当に良かったなあ。

神様、ありがとう。
お父さん、お母さん、おばあちゃん、ありがとう。

食いしん坊が八百万(やおよろず)の存在に感謝する、実りの季節。
昔の人がもうたまらなく嬉しすぎて、歌ったり踊ったり、神輿をかついだりして豊穣を祝ってきたことが、なんだかすごくよく分かる。
美味しいものをお腹いっぱい食べられると、人は歌って踊って、神輿をかつぎたくなってしまうものなのだ。

10月は神無月、神様の季節。
社を空けて出雲に集い、八百万、賑やかに実りを歓ぶ。
それは、「千と千尋の神隠し」に見るような、日本古来の豊かで想像力たくましい、自然崇拝の世界。
あらゆるものが命を謳歌する、楽天的、現世的世界。

生きている不思議、死んでいく不思議。

生きているから食べられる。
生きているから歓べる。

故郷の特産品は、この先、ピオーネ、いちじく、鴨肉、ぼたん肉(猪肉)、いかなごのくぎ煮と続く。
祭りはまだまだ終わらない。


千と千尋の神隠し(2001年・日)
監督:宮崎駿
声の出演:柊瑠美、入野自由、夏木マリ 他
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by yukotto1 | 2006-10-04 00:28 | ハッピーになる映画