生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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本当の眠気をおぼえるとき-エズミに捧ぐ 愛と汚辱のうちに-



今日は映画の話ではなく、小説の話。

人間の回復力というのはすばらしい。
週末の落ち込み方からしたら、今日は嘘のように元気だ。
ストレスや悩みとの付き合い方を覚えてきたというのもあるが、真夜中に救いのメールがあったこともある。



深夜、寝つきが悪くてベッドでうだうだしていて、「ひょっとしたら」くらいの気持ちで携帯を手に取ったらメールが入っているのを見た途端、眠気がやってきた。
着信時刻を見れば20分以上経っていたので、それに気がつかなかったということは、浅い眠りには落ちていたんだろう。

人間の本能というのは、精神的なストレスに抑圧される傾向がある。
気苦労があれば、食欲や睡眠欲が極端に落ちるということもままだ。

そもそも私は食いしん坊なので、普段は自分でも「やばいな」と思うくらい食べてしまう。
けれども、まあ、暑気のせいもあるだろうが、ここ数日は食欲がない。
月曜日に友達と中華を食べにいってそれをシェアしようとしたが、たぶん、私は1/5くらいしか箸をつけていない。
火曜日は驚くべきことに一食も口にしなかった。
仕事が忙しかったりして昼食を抜くようなことがあれば、夕方にはクラクラして目がまわるといった始末の私なのに、どういうわけかおなかがすかないのだ。
ストレスがあると言ったって仕事が手につかないというわけではないので、不思議だが、影響を受けるのは理性や知性の部分ではなく、やはり本能だとしか言いようがない。

そういえば、3年位前、仕事でかなりのストレスを抱えたときには顔中ニキビができて長いこと治らなかった。
他人にも心配されるほどひどく、エステに行ったり、皮膚科に行ったり、いろいろ化粧品を試してみたりと努力したことがある。
同じく仕事のストレスが原因で、不整脈になったこともある。
心臓が急に速く打ったり、遅くなったりするのが、ランダムに続くのだ。
一日に何度も起こるので、それは明確な自覚症状だったが、結局心臓検診でもひっかかって丸一日心電図ホルダーをつけて生活したことがある。
自分では「わりとヘーキ」とか思っているのだが、体というのは本当に正直なのだ。

「ライ麦畑でつかまえて」で有名なサリンジャーの作品に「エズミに捧ぐ―愛と汚辱のうちに」という短編がある。
高校生の頃、この小説を読んだが、最後のくだりが印象的で忘れられない。

《エズミ、本当の眠気を覚える人間はだね、いいか、元のような、あらゆる機──あらゆるキ─ノ─ウがだ、無傷のままの人間に戻る可能性を必ず持っているからね。》

戦争に行って精神が傷ついた元兵士が、無垢な少女エズミと出会い、彼女からガラスが壊れた腕時計を贈られる。
その時計を見ながら彼は、不意に快い眠気に引き込まれていく。

「本当の眠気」。精神が磨り減ったと感じたときには、それを求めてよく旅に出たものだ。
仕事や試験勉強なんかで、あるいは恋愛なんかで、とてつもなく神経が張ってしまって、昼夜逆転の生活なんかを送ると、容易に不眠症に近い状況になりうる。
眠いのに眠れない、眠っても浅い。
張り詰めた状態から物理的に開放された後でも、その緊張感はしばらく治らないので、心の切り替えのために旅に出るわけだ。

社会人になってからはそうそう余裕がないが、学生時代は旅のルートも、帰る時期さえも決めず、「本当の眠気」を覚えるためだけにでかけた。
旅の初めにはやはり眠れない。
けれど、普段以上に歩いたり、笑ったり、刺激を受けたりすると、やがて心地良い疲労感を覚えるようになり、夜になれば眠気がやってくる。
朝になれば激しくおなかがすく。

そして私は、無傷のままの人間に戻った自分を感じる。

今朝起きたら、激しくおなかがすいた。
彼は別に私を救うつもりでメールを書いたわけではないだろうけど、まあそんな些細なことで元気になれる。

彼がいつか言ったように、「夜の間にも川は流れている」。
人間は新陳代謝する。
夜の間にも変化していく。
だからおなかがすく。

それが健全な人間なのだから。


ナイン・ストーリーズ エズミに捧ぐ-愛と汚辱のうちに-
著者:サリンジャー
訳者:野崎孝
出版:新潮社
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by yukotto1 | 2004-07-21 22:58 |