生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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嫁にゆく-秋刀魚の味-

いまどき「お嫁にゆく」なんていう表現は古めかしすぎるかもしれない。
結婚は当人同士の問題だし、親が家がと言うのはナンセンスだ。

けれど、彼女の結婚に限っては、「お嫁にゆく」という表現がしっくりくる気がするし、彼女自身の慎ましさや折り目正しさといったものは、そんな古式ゆかしい香りがして、それが白い衣装に包まれたなら、まさに絵に描いたような「お嫁さま」ができあがる。

友人の一人は、由緒も正しい家に一人娘として生まれ、大切に大切に育てられてきた。
ご両親が子どもを諦めかけた頃に授かった娘なので、待ち望まれた子としてふさわしい名前がつけられた。
7年前、彼女と知り合って間もない頃に、その名の由来を聞かせてもらったのだ。
彼女の親しい友人なら、みんなその話をしっている。
とにかく彼女は、家族のこと、ご両親のことを、ことあるごとに話すからだ。
そういうときの表情は、いつも優しく愛に満ちている。



彼女の結婚式は、歴史と庭園のある洋館で執り行われた。
幼い頃から習ったクラシックバレエで身についた、優雅で凛々しい立ち姿には、たっぷりと長い裾のマーメイドラインがとてもよく似合う。
ドレスにもベールにも同じように施された丁寧な刺繍は、実に上品で、また華がある。
それが、皆が勝手に描いていたイメージとあまりにもぴったりだったので、友人たちは「ほらね」と互いに視線を合わせた。

荘厳なパイプオルガンの奏でとともに、お父様の腕に手を添えた花嫁が歩みを進める。
降り注ぐ光と歴史が積もる影の対照の具合が、まるで銀幕を眺めるかのようだ。
同じ光景を、もしかしたら、どこかで見たことがあるかもしれないと思うのは、きっと錯覚ばかりでもない。
40年近く前、彼女のご両親は、この同じ場所で結婚式を挙げたのだと言う。

それだけではない。
お色直しの文金高島田を彩る豪華な鼈甲のかんざしは、60年近く前、彼女のお祖母様がお嫁入りに使ったという貴重な品なのだ。

これが結婚式というものだと、人々が思い描く理想的なかたちが、奇をてらうこともなく、ただ丁寧に真面目に堂々と執り行われている。
シンプルで完成されたかたちを、ひたすらに突きつめて高めていくやり方は、まったく彼女らしいと思った。
どんなときも毅然として、人に優しく、自分に厳しく、彼女は本当にそういう人なのだ。

何者にも流されず、自らの信念を守り通す。
それは、彼女が家族の中で教えられ、愛をもって自信を深めてきた、その賜物なのだろう。

小津安二郎が描く昭和日本の光景には、「嫁にゆく」という場面が度々登場する。
「秋刀魚の味」では、妻に先立たれて後、家のことを任せ「便利に使ってきた」娘を、そろそろ嫁にやらねばならないと思いつつ、嫁がせる寂しさを思えば踏ん切りがつかない父の姿がある。
対して、縁談を勧められれば「私がいっては、うちは困ります」と細い笑みを浮かべる娘。

表現するのは難しいが、作中の昭和34年には、人として、親として、娘として、兄として、妻として、男として女としてのルールみたいなものが自然と棲みついていると、私にはそう感じられる。
無理があるわけでも、苦しいわけでもなくて、ただそういうものだと受け入れているルールの中で、人々は慎ましく暮らしているのだ。
どうやら、そのルールは、人が人生において必ず直面する、孤独や老いや家計に備えて、それとうまく付き合っていくために先人たちが経験から築き上げてきたもののようだ。
「嫁にゆく」「嫁にやる」「嫁をもらう」といった出来事は、社会や他者との関わりにおいて、自らの立場を改めて感じさせる節目であり、価値観を何よりも色濃く表す通過点かもしれない。

父親の本音に立つならば、可愛い娘を一生嫁になどやりたくない。
娘にしても、老いていく両親を残してゆくのは忍びない。
それでも、嫁にやる、嫁にゆくのだ。
時代が変わっても、そういった人情に違いがあるわけではないだろう。
ただそれを、中心にすえて語るやり方は、近頃あまり流行らない。

参列者たちの視線に守られたバージンロード。
どこかノスタルジックな逆光に浮かぶ父と娘の影が、祭壇の前に立つたくましい影と対峙する。
父はそこで、娘の背中を見送った。

結婚式に出席すれば、幸せそうなふたりを見て、その愛に感激をおぼえるものだ。
もちろん今回においてもそれは変わらない。
ただ、彼女の式では、結婚するふたりの愛と同じほど、ふたりがそれぞれに生まれ、育ってきた家族の愛の強さが印象的だった。
そういうふたりが築いていくこれからの家庭に、愛がないはずはないだろう。

これまでそうであったように、これからも。


秋刀魚の味(1962年・日)
監督:小津安二郎
出演:笠智衆、岩下志麻、三上真一郎他
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by yukotto1 | 2007-05-20 23:40 | ぐっとくる映画