生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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It's Dramatic-スラムドッグ$ミリオネア-

「全部ぜんぶ捨てて、旦那も子どもも全てを捨てて、それでインドに行っちゃうわけよ。
ずっと、モヤモヤを抱え続けてきた主婦が」

漫画のシナリオを練りたいという友人と、例えばどんな物語を作ろうかという話をしていたとき、私がそんなふうな提案をしたら、友人は「そんなのダメダメ」と否定した。

なんで?面白くない?
インドに行って、それから何をするというのは決めてないけど、そこから物語がいくらでも広がっていく気がするんだけど。

「そんなのは受けいれられない」
と、自身、主婦であって母である友人は言う。

あなたにそうしろと言うつもりもないし、むしろ、そんなことできないからこそ物語が面白くなるんじゃないの。
受け容れられるか、られないかなんて、全然関係ないよ。

「でも、そんなの、する人の気がしれない。無理」

だから、フィクションなんだってば。
あなたのことでも、あなたの妹のことでもない。

感情移入型の人と話すとき、こういうやりとりは時々起きる。
作り物の世界でさえ、自分とは無関係と整理することができなくて、過剰に反応してしまうわけだ。

この友人は、「映画は感情が揺さぶられるから苦手」と言うくらいだから、なかなかナイーブな人だ。
私なんかは、「感情が揺さぶられるから」映画が好きなんだけど。



ところで、私の唐突な「インドに行っちゃえ」発言の根拠は、映画にあった。

昨年のアカデミー賞受賞作品「スラムドッグ$ミリオネア」を見たこと。
主人公は主婦ではなくてスラム育ちの子どもたちだけれど、インドが舞台で、それを壮大に旅するシーンが印象的だったから。

長く車両を連ねた列車が、広大なデカン高原をダイナミックに横切っていく映像と、弾けるような子どもたちの笑顔。
そこにポップでノリノリな音楽。

作品の背景には、貧困や犯罪や差別が渦巻く現代インドの根深い影がありながら、少年少女たちの明るさ、力強さが眩しいほどにきらめき、練られたシナリオや小気味良いテンポが、どんどん心のボルテージを上げてくれる。
全体にとてもフレッシュな印象があって、見終わった後、心が異国を旅する、そんな具合。

日常のすべてにモヤモヤしていて、今すぐそこを抜け出したいと渇望している人なら、きっとその国へ行ってみたいと思うに違いない。
暑くて、広くて、賑やかで、神秘的で、粗くて、力強い、その国へ。

そして、私が「インド行っちゃえ」と投げかけた友人は、ちょっとしたモヤモヤを抱えている。
明確な言葉で言い当てられるわけでもなく、やっぱりそれはモヤモヤで、漠然とした不安や疲れのような、かたちのないものなんだけれど。

ただ空気を入れ替えた方がいいんだろうということだけは分かる。
妻や母や女の顔を、いっぺんに抱えるストレスは、私からは遠いけれど想像はできる。
だけど、インドには行っちゃえない、モラルの高い友人は、現実の前で途方に暮れている。

それから半年くらい経ったある夜、彼女と電話で話をしていた。

来週、クラシックバレエを観に行くのだけれど、と言うと、彼女が興味を示す。
確かに、バレエの世界のストイックさや華麗さは、彼女が好みそうなセンスだ。

「東京に来ちゃえば。バレエ、見ちゃえば」

「旦那も子どももほったからしてさ」と言ったわけじゃないけど、無責任な私の提案に、いつものとおり「そんなの無理」と返すかと思ったら、今回の彼女は意を決したように「行くわ」と言った。

神戸から東京に。
誰にも相談せずに。ひとりで決めて。

それで、彼女は数日後、東京にやってきた。

幼児を二人も置いて、旅立つ主婦の決断は、それがたとえ1泊2日だとしても、きっとすごくドラマティックなものだ。
「ママ、どこ行くの?」と泣き出す3歳児の小さな手を、彼女は振り切って来るわけだ。
東京駅まで彼女を迎えに行く私の頭の中には、それはもう、「スラムドッグ$ミリオネア」の挿入歌The Ting Tingsの「Great DJ」がエンドレスリピートしていた。

彼女を楽しませなくちゃいけないし、彼女に何か発見を与えたい。
そうであってこそ、彼女はもっと笑顔になって、心晴れやかに日常の中に帰っていける。
そういう使命感が湧き起こるわけ。

ほら、この方が、やっぱり物語は面白くなるよ。



スラムドッグ$ミリオネア Slumdog Millionaire(2008年・英)
監督:ダニー・ボイル
出演:デーヴ・パテール、マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピントー他
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by yukotto1 | 2010-01-20 00:34 | ぐっとくる映画