生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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ドラマティックスイッチ-かいじゅうたちのいるところ-

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photo by hikaru

「いらいらする子どもだな」

「かいじゅうたちのいるところ」を観に行って、私が感じたことは、結局そういうことだった。

幼児とは言えない年齢になったマックスは、わがまま放題に暴れたり、嘘をついたり、調子に乗ったりする。
いくら父親が不在でも、良識的な母と姉がいて、不幸というほどの境遇でなし、感情をコントロールしきれず、苛立ちを暴力的に発散する様は、逆に彼が十分に愛され甘やかされて育った末っ子だからとしか思えない。

すべてが彼の思うとおりいくわけではないし、皆が彼のためにだけ生きているわけではないと、もうそろそろ理解しなければいけない年ごろだ。
それなのに、やりたい放題するマックスに、私はいらいらしてしょうがなかった。

人間は、子どものときに親の愛情を得るためにとった戦略を、大人になっても選ぶ傾向があるらしい。

甘える、黙り込む、暴れる、がまんする、怒る、泣く、おどける、健気になる、無視をする・・・

子どもほど分かりやすくなくても、相手を自分の望み通りに動かしたいと思うとき、人はそれぞれ、ある種の行動パターンをもっている。
なれなれしく甘えて相手の懐に入ろうとしたり、都合が悪くなると黙り込んで相手が「しょうがないな」と言うのを待ったり、いつも成功するほど万能でなくても、気づくと選択しているその人なりの行動の癖は、少なからずあるなと納得してしまう。



私はと言えば、一番欲しいものを素直に欲しいと言えなくて、そういう殊勝な姿勢をどこかで褒めて欲しいと思う傾向がある。
薦められたら一度は断る。相手の希望を優先する。
わざと興味がないふりをして、相手からもう一度薦められるのを待っている。

実際には、誰も気づいてくれなくて、誰も褒めてくれないのだが、どういうわけか、そういう癖がある。

確かにこれは、私が親に対してとってきた戦略そのもので、三人姉弟の長女は、いつもいい子で物分りがよくて、わがままを言わない優等生になろうとした。
一番欲しいものは、あえて弟に譲り、そうすることで良い姉だと思われたかった。

一見、大人びているようだけど、本当は、たぶん違う。
これは単に、自分を抑制することで愛情獲得しようとする子どもの戦略なのだ。

そういう子どもの戦略に、自分自身で嫌気が差すことがある。
正しいと思うからとる戦略ではなく、ただエゴイスティックなシナリオで、しかも、ほとんど無意識だからタチが悪い。
そして、自分の戦略がうまくいくかどうか、いつも観察して身構えている。
必ず成功するとは限らないから、失敗のリスクに怯えている。
そして、実際、うまく行かないことも多くて、我慢し損だったと落ち込んだりする。

暴れて嘘をついて、わがままを行って相手の気を惹こうとする子どもと、私は本質的に何も違わない。

ある分野では、「ドラマティックスイッチ」と呼ぶのだそうだ。
一定の条件でスイッチが入ると、自分で書いたドラマのシナリオに従って行動してしまう。

相手が自分の欲しいものを与えてくれないとき、泣きたくなくても泣いてみる。
条件反射で涙がこぼれる。
そうすることで、相手が自分の希望を叶えてくれるように。

ある女性の知人は、男性とデートをした別れ際には、必ず涙が出るのだと言っていた。
悲しくもないし寂しくもないのに、反射的に涙が出るそうで、自分でも不思議に思うらしい。
その結果、相手が舞い上がってしまうこともあるし、逆に鬱陶しがられることもある。
彼女は、幼い頃、親の前で悲しげに泣いてみせたのだろうか。
そうすると父や母は、彼女の頭を撫でて優しくしてくれたのだろうか。
そういう彼女の無意識の戦略に、彼女自身が満足しているのかどうかは分からない。

ドラマティックスイッチ。
そんなものに、コントロールされているうちは、子どもと同じだ。
自分の中にある、子どもっぽい要素から解放されたい。
私が、私自身に感じている苛立ちは、マックスに対する苛立ちと似ているのだと分かった。

あれくらいの子どもがいてもおかしくない年齢になったのに、おかしいね。
かいじゅうたちは、まだ住んでいるようだ。

自らの中にいる、幼稚なかいじゅうたちと一緒に、戯れたり喧嘩したり、労わりあったり抱きあったりする。
その正体を自覚して、誰かが誰かに食べられないように、注意深く探り合っていく。

寂しい星の、寂しい森と寂しい海と寂しい砂漠で、かいじゅうたちは暮らしている。
空はいつも薄曇りで、海の波は高い。

それは味方でもあり分身でもあるけれど、一生、私を悩ませ困らせるだろう。
彼らが安心して眠りにつくまで、私は辛抱強く、子守唄を歌わなければならない。


かいじゅうたちのいるところ Where the Wild Things Are(2009年・米)
監督:スパイク・ジョーンズ
出演:キャサリン・キーナー、マックス・レコーズ、マーク・ラファロ他
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by yukotto1 | 2010-01-26 23:01 | アートな映画