生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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カテゴリ:音楽( 21 )

彼女の中では、チョコミントほど「誰が食べるのか分からない味」はないらしい。

一方、彼女は、コーヒー味のアイスクリームが大好きだと言う。
コーヒーをそれほど飲むわけではないが、アイスクリームとなると、「あれほど豊かな味わいはない」のだそうで。

私は、コーヒー味のアイスは嫌い。
コーヒーは好きだけれど、コーヒーアイスは嫌い。

好き嫌いが生まれるメカニズムは知らないけど、同じものでも人によって好きだったり嫌いだったりする。

そんなの、あまりにも当然だろうか。
でも、改めて考えると不思議な感じもする。

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by yukotto1 | 2008-09-01 00:37 | 音楽
年末年始に実家に帰るのは渡り鳥の習性のようなものだから、帰省ラッシュの混雑に押しつぶされながらでも、年の暮れには実家に帰る。
東京に戻る航空券は4日の夕方で予約していたのに、両親は正月3日から3泊4日の旅行に出てしまったので、駅までの足がない。
私の実家は、車がないと生活に不自由するくらいの田舎だ。

弟に乗せてもらおうかと思っていたところ、たまたま前日に遊びに来ていた父の妹にあたる叔母が、「ほしたら、おばちゃんが送って行ったるやんか」と言ってくれて、「ほしたら、頼むわ」と甘えることにした。
「おばちゃんが送っていったるやんか」と言っても、叔母は運転免許がないので、運転して乗せていってくれるのは叔父の方なのだが。

途中で神戸の友人の家に寄ると言ったら、
「明石まで送ったるわ。魚ん棚で玉子焼食べよか」
「あ、ええなあ。それ、ええやんか」となる。
魚の棚商店街に行くのも、明石焼を食べるのも久しぶりでうきうき。
「お母ちゃんも一緒に行こ」と叔母が祖母を誘って、4人で連れ立つそれもうきうき。
最近はすっかり出不精の祖母も、実の娘に誘われると、「ほんなら、行こか」と腰が上がる。

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by yukotto1 | 2008-01-10 18:32 | 音楽
我が家では、すき焼きといえば、鯨肉のそれを指した。
中学に上がる頃まで、私は牛肉のすき焼きを自宅で食べたことがなかったのだ。

今でこそ鯨肉は一部で高級食材のような扱いを受けることもあるが、とんでもない。
かつて鯨肉は牛肉の代用品、安物の代名詞だった。
関西ではより一般的だったようなのだが、学校給食に月に一度は鯨肉の甘露煮なるメニューが登場するほど、それは大衆食だったのだ。

鯨肉の赤身は、とんでもなく硬くて、味わいも薄い。
皮の周りの白いゼラチン質には、コリコリとした独特の歯ごたえがある。
正直、そんな鯨肉のすき焼きを私は一度も美味しいと思ったことがない。

けれど、ある時期まで、我が家のすき焼きは鯨肉だった。
私はそれをすき焼きだと思っていたので、あんなものをご馳走だと有り難がる世の中に対して、全く腑に落ちないと感じていたものだ。
もしかしたら、大人たちは子どもが寝静まった後に牛肉を食べていたのかもしれないが、もしそうだとしたら、我が親ながら実に巧妙である。
私たち姉弟は一切そんなことに気がつかなかった。

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by yukotto1 | 2007-12-11 00:21 | 音楽
子どものころ、自分も然るべき年齢になったら、髪を長く伸ばして、体にぴったりとしたワンピースを着て、派手な化粧でお立ち台で踊るんだろうか、などと漠然と思っていた。
DCブランドに身を包み、赤や黄色のコンバーチブルにエスコートされる日こそが大人の世界の典型的イメージで、テレビの中にしか知らない浮ついた都会の夜は、描きやすい未来予想図だったのだ。

けれど、実際、ようやく私がその夜に足を踏み入れることが叶ったとき、時代の背景は原色からアースカラーに塗り替えられており、高級車を乗り回す若い男性は絶滅した後だった。
70年代半ばに生まれた私たちの、大人もどきの始まりは、そんなタイミング。

当時、流行していた歌はいろいろあるけれど、ちょうど渋谷系なんていうジャンルがもてはやされたのもその頃で、その代表格と言えば、ピチカート・ファイブ、オリジナル・ラブ、フリッパーズ・ギターだった。
その少し前に流行ったタテノリ系イカ天バンドのブームとは一線を画し、ファッションが紺ブレザーからハンチング帽やポンパドールのフレンチ・カジュアルへ移り変わったのと同じ流れにのるように、まるで脱力したPOPなサウンドが時代の風を作り出していた。

今振り返っても、あれは、「時代」だったと思う。
そしてまた、あのとき、紛れもなく若者だった「僕らの時代」の音楽だったというふうに思う。

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by yukotto1 | 2007-09-25 23:49 | 音楽
こんな夜中に西郷さんが見たいなんて、突拍子もないことを平気で言う性格は相変わらずだと思った。
子どもみたいなところがある。

相手との相性や間柄によって、人のキャラクターというのは変わって当然だが、この人と一緒のときの私は、いつも少しだけお姉さんぽい役回りになる。
「しかたないなあ」とその思いつきやわがままに付き合ってやる・・・だなんて、いや、ほんとはきっと違う。
大人なようでいてまったく横柄なスタンス。
本当は、私の方がずっと気まぐれでわがままなのだ。

思いつきを提案するのは確かにいつでも彼の方だけれど、私は気分次第で、その提案に応えもするし、かわしもする。
イニシアチブはいつもこちらにあることを、私たちは無意識のうちに知っていて、だから私のスタンスはいつも「しかたないなあ」という受け身なそれなのだと思う。

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by yukotto1 | 2007-07-30 00:49 | 音楽
正月に実家に帰省した折、母が表紙の日焼けしたアルバムを引っ張り出してきた。
私と弟の小学校に上がるより前のアルバム。

四半世紀も寝かせられれば、文字通りセピアの色調になる。
まして、70年代。

前髪を眉毛の1cmくらい上に切りそろえたおかっぱ頭の私。
短いワンピースの裾から、ワカメちゃんみたいにパンツがいっつも見えている私。
子どもらしい滑らかな頬を紅く輝かせ、瞳に光をちりばめている私。

どれもこれも、笑顔だ。
作り笑いじゃない。
自然で、幸福で、愛に満たされた笑顔だ。

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by yukotto1 | 2007-02-12 01:29 | 音楽
オフコースの「眠れぬ夜」という歌の、そのフレーズがなぜか口をついて出てくることがある。
地下鉄の出口から地上に出るときだとか、買い物袋を提げた帰り道だとか、なにげないときに意識もせずに口ずさむ。

「愛のない毎日は自由な毎日」

それは、確かにそうなのだ。
自らをとりまく日常に対して、確かにこれは愛がある毎日だと思うときも、そうは思えないときも、そのフレーズの意味するところはいつも正しいと感じる。

愛のない毎日は自由。

けれど、自由であることが自由でないことよりも必ずよいというわけでもない。
たいていの物事は、絶対的に良いとか絶対的に悪いとかいう二元論で語られるのではなく、何かよりちょっと良かったり、ちょっと悪かったりする、そのバランスの上で成立しているのだから。

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by yukotto1 | 2007-01-21 23:04 | 音楽
中学3年のとき好きだった男の子は、物心つくより前によくお互いの家で一緒に遊んだ幼なじみだった。
けれど小学校に上がってから一度も同じクラスにならなくて、そのせいでほとんど口をきくこともなくなってしまい、中3で初めて席が近づいたときには、幼なじみだったという事実は夢みたいな気がした。

小学生や中学生の頃というのは、クラス替えこそが最大の恋愛分岐点だ。
教室という狭い箱の中で、今年一年自分が好きになる人を決める。
委員会活動かクラブ活動などと同じで、恋愛は必須科目だった。
必須科目と言ったって、意中の人の横顔を眺め、消しゴムの貸し借りに胸をときめかせ、移動教室の時になにげなく廊下を後ろから歩いてみたりする、ただそれだけのものなのだが。

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by yukotto1 | 2006-08-30 00:52 | 音楽
最近は滅多に行かないが、学生時代はカラオケにもよく行った。

私がカラオケで歌うのは、自分が好きな歌というよりは、歌いやすさとか場の雰囲気を重視した歌なので、必ずしも趣味というわけでないのだが、比較的よく歌う歌の一つに中山美穂の「ただ泣きたくなるの」があった。

女の子ばっかりで好き勝手に歌う場合は、男性ボーカルものも悪くない。
しかし、コンパの二次会で歌うのは、ぜーったいに女性ボーカルでなくてはならない。
これは鉄則。と、私は(今でも)信じている。

さらに、どっちかっていうと歌っている人自体がかわいいことがかなり重要な要素だと、これも私は信じている。
顔がかわいいというよりは、雰囲気が女の子っぽくて、ちょっと健気な感じというのがいい。
私自身はおよそそういうキャラではないが、必ずしも親しくない人が多い場では、そういう歌の方が「無難」だと私はそう思っている。
初対面で、下手にリアルな私の印象など与える必要はないからだ。
かわいい子と思われたいというよりはむしろ、癖のある個性で誤解を与えたくないという方が感覚に近い。

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by yukotto1 | 2006-06-17 13:30 | 音楽

You're beautiful

いまだにコートなしで外を歩くのは躊躇する日々だけれど、今日のランチはコートなしで少し遠征。
帰り道はほんの少し、雲間から光が射していた。

不思議だと思うのは、ああいう光が空や街のそこここを一気に照らすときの、神聖とも言える驚き。
あっという間に、この世に色を与え、音楽を与える。

あの瞬間というのは、世界中のどんな場所で出逢っても、等しい感動がある。

なんとなく、私たちは神様に愛されているんだと感じる。
なんとなく、私たちは生きているんだと感じる。

それが哀しい海に続いていても、それが刹那の微笑だとしても、それでも。

ジェイムス・ブラントの歌。

そう、そんな感じ。
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by yukotto1 | 2006-04-14 14:27 | 音楽