生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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カテゴリ:ぐっとくる映画( 44 )

間に合うか間に合わないか微妙な時間だったので駆け足で急いで、そのせいで、鼓動が少し速くなっていた。
本編開始間際にようやく席に着いて、一呼吸つこうとしたのだが、まるきり、それは無駄だった。
心拍数は、下がるどころか再び上昇をはじめたのだ。

映画は、冒頭からいきなり緊張に満ちていた。

舞台はイラク。乾燥した砂漠の街。

爆発物処理のための遠隔操作ロボットが不具合を起こし、潜水服みたいな重装備に身を包んだ兵士が、それを直すために爆発物に近づく。
簡単な作業を終えてそこを離れ始めたとき、援護する仲間の兵士が街角に携帯電話を操作しようとする不審な男の姿を見つける。

「携帯電話を捨てろ!」
銃口を向けながら大声で叫ぶが、男は英語が分からないというふうにニヤニヤと笑っている。

防護服の兵士は走り出す。
重たい装備を揺らして、懸命に、必死に、無我夢中。

観客である私は、迫り来る爆発に身構える。

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by yukotto1 | 2010-03-22 18:53 | ぐっとくる映画

きょうだい-おとうと-

錦糸町のレイトショーで、200ほどある座席は数えるほどしか埋まっていない。
山田洋次監督作品とあって、観客の年齢は還暦過ぎばかりだ。
そんな中で、私はひとり、席に着く。

会社帰りに「おとうと」を観て、おそらく10年ぶりくらいに映画館で号泣してしまった。
確かにいい映画だったけど、嗚咽を堪えるほど心に効いてしまったのは、私が二人の弟をもつ姉だからだろうか。

弟という存在のことは、日常の中ではほとんど忘れてしまっている。
幼いころはよく一緒に遊んだが、今は、親を想うほども意識に登場しないし、友人ほど近くもなければ、気を遣いもしない。
ただ、彼らが生まれたときから、私が姉で、彼らが弟であるという関係性だけは決まっている。

弟たちは、同じ仕事をしているせいか、互いに素直にならないし、無駄な会話はほとんどしない。
けれど、私と弟たちは、それぞれ仲がいい方だと思う。

それは、私たちと同じく3人きょうだいの、父と叔母と叔父にも当てはまるようで、父と叔父は、兄として、弟としての立場で、互いのプライドを度々ぶつけるが、姉であり妹である叔母は、頑固な男きょうだいの間で朗らかに笑って、いつも優しく、兄を立てたり、弟を守ったりしていた。

3人きょうだいは、叔母が要になっていたのだ。

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by yukotto1 | 2010-02-25 23:30 | ぐっとくる映画
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photo by hikaru

今このとき、生まれた人もいれば死んだ人もいて、笑う人もいれば泣く人もいる。
タクシーを拾った人もいれば地下鉄を降りた人もいて、雨が降り始めた街のずっと西の村では虹がかかる。
誰かが電話をかけて、誰かの電話が鳴る。
お風呂あがりの君と、洗濯物を干す私。
あるいは、まったく同じ瞬間に、くしゃみをした二人。あくびをした五人。

想像を巡らせると、同じ時間の同じ星の上で、数十億の人間が各々勝手に活動しているという当たり前の事実が全く奇妙に思えてくる。

現実は無限に複次的で、ただ、ごちゃごちゃとしている。
あらゆるところで絶え間なく、生まれて死んで、姿を変えて。

Twitterを始めたら、それが可視化される感覚を知った。
顕微鏡を覗いて、エンドレスな細胞分裂を観察するような感じだ。

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by yukotto1 | 2010-02-13 02:22 | ぐっとくる映画
直前の連休の出来事が私の意識をいたずらにくすぐっていた、火曜スタートの一週間。
最初の二日は、どちらも夕方に大事なミーティングがあって、緊張を帯びた引力と休日明けの遠心力が駆け引きしあう、妙なテンションで過ごすはめになった。
それから解放された途端に、「映画だ。映画を観たい」と思ったのは、どうしてなのだろう。

去年はほとんど映画を観たい気分になることはなくて、友人に誘われたときか、あまりに暇な休日にしか、映画館には行かなかった。
それどころか、自宅で観るDVDでさえ、「何か他にしなければならないこと」の邪魔になるように思えて避けてきた。
その「何か他にしなければならないこと」の正体も分からなければ、実際、本当にそんなものがあったかどうかさえ疑わしいのに。

闇雲な日々はあったけれど、結局実ったものは一つもないし、なんだったんだろうと思うほど、あっという間の一年だった。
ただ、一年の終わりに、自分の心の奥の奥に、とても小さな発見があって、様々なことを肯定できる気持ちになった。

何かやったからかもしれないし、何もしなかったからかもしれない。
まあ、そういうときもある、というくらいにしか、説明ができないし、する気もない。

ともかく、私は突然、「映画を観たい」と思った。

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by yukotto1 | 2010-01-21 23:48 | ぐっとくる映画
「全部ぜんぶ捨てて、旦那も子どもも全てを捨てて、それでインドに行っちゃうわけよ。
ずっと、モヤモヤを抱え続けてきた主婦が」

漫画のシナリオを練りたいという友人と、例えばどんな物語を作ろうかという話をしていたとき、私がそんなふうな提案をしたら、友人は「そんなのダメダメ」と否定した。

なんで?面白くない?
インドに行って、それから何をするというのは決めてないけど、そこから物語がいくらでも広がっていく気がするんだけど。

「そんなのは受けいれられない」
と、自身、主婦であって母である友人は言う。

あなたにそうしろと言うつもりもないし、むしろ、そんなことできないからこそ物語が面白くなるんじゃないの。
受け容れられるか、られないかなんて、全然関係ないよ。

「でも、そんなの、する人の気がしれない。無理」

だから、フィクションなんだってば。
あなたのことでも、あなたの妹のことでもない。

感情移入型の人と話すとき、こういうやりとりは時々起きる。
作り物の世界でさえ、自分とは無関係と整理することができなくて、過剰に反応してしまうわけだ。

この友人は、「映画は感情が揺さぶられるから苦手」と言うくらいだから、なかなかナイーブな人だ。
私なんかは、「感情が揺さぶられるから」映画が好きなんだけど。

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by yukotto1 | 2010-01-20 00:34 | ぐっとくる映画
11月のこと。
六本木ヒルズで00時35分開演の「THIS IS IT」を鑑賞した。

この映画のことは、きっと誰もが知っている。
今年6月に他界したマイケル・ジャクソンが、死の直前、もうまもなく初日というところまで準備を進めていたコンサート「THIS IS IT」のメイキングムービーだ。

別の二人の友人から、ほとんど同時に誘いを受けた。
「THIS IS IT」を観たいよね、と。

幸いその二人には面識もあるので、だったらいっそ三人で行こう。
忙しい私たちが揃うのは、金曜の深夜、仕事もデートも接待も終わった時間だねと、TOHOシネマのロビーで待ち合わせた。
チケットは、私が手配する。

眠らない街、東京は六本木。
金曜真夜中の映画館は、ものすごく賑わっていた。

この映画館の一番大きなスクリーンで、全ての席が観客で埋まって、時間の感覚を忘れそうな熱気が溢れている。
みんなでマイケル・ジャクソンの映画を観るというより、みんなでコンサートに行くような、そういう興奮が満ちていた。

シチュエーションが既に、ちょっと特別な感じがした。

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by yukotto1 | 2009-12-17 00:38 | ぐっとくる映画
ここのところ、しばらく会っていなかった友人からの連絡が続いている。
先週1週間のうちに、5人から突然のお誘いがあって、10月の残りの週末の予定がきれいに埋まってしまった。

会えば、報告もあり、相談もある。
ただなんとなく、という人の真意さえ、その背景にはきっとなにかある。

人の話をきく。
私は、それに直接の意見はしない。

ただ質問を繰り返す。
たくさんの質問をする。

それから、まったく別の、自分の話をする。
人から聞いた話をすることもある。

そうすることで、ようやく友人は核心を語り始める。
本当は語られたがっていた、小さく硬い、胸の核。

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by yukotto1 | 2009-10-12 01:35 | ぐっとくる映画

秋の便り-ゆれる-




爽やかな空を仰ぎ見る。
あるいは、街行く人たちの装いを観察してみる。
新しい季節を感じる要素はいくつもあるけれど、私にはまた別の秋のサインがある。

それは、実家からの届きもの。

今日届いたのは、兵庫県産のピオーネだ。
しっかりとした実が鈴なって、ビジュアル的に既にふくよか。
巨峰よりも甘く、渋みがなく、爽やかで実に瑞々しい。

うちの実家の近所では、道路沿いに直売のテントがよく見られる。
そんな光景を思い描きながら、実家にお礼の電話を入れると、晩酌で少し酔っ払った母が、とろけるようなしゃべり方で応答した。

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by yukotto1 | 2008-09-11 01:07 | ぐっとくる映画
高校野球を最高潮にして、この暑い夏もようやく落ち着きを取り戻した。
少しばかり過ごしやすくなった朝晩に、微かな切なさが忍び込む。

訪れるのは二度目だというのに、またも行過ぎて引き戻る銀座の混沌。
目的地は、隠れ忍ぶような場所にある。

Salone Ondataは、近頃のお洒落な男性たちが憧れを募らせるクロージング・サロンなのだそうで、男性ファッション誌でも度々取り上げられているらしい。
私が普通にしていれば、その名を知ることも足を運ぶこともなかっただろうが、ちょっとしたきっかけで、このサロンで不定期に開かれている短編映画上映会に声をかけられた。

看板も見当たらないままの雑居ビルを、小さなエレベーターで8階まで上がり、さらにフロアの奥の扉を押す。
その先に広がる、こじんまりとしてかつ洗練された空間は、正真正銘、大人の世界だ。
正直言って、私などでは気後れしてしまいそうだが、それでもしばし背伸びを楽しんでみる。

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by yukotto1 | 2007-08-28 18:48 | ぐっとくる映画
「なぜ山に登るのか」と問われ、登山家ジョージ・マロリーが「そこに山があるからだ」と答えたことは有名に過ぎる。
なるほどとも思うが、少々エキセントリックだとも思う。

富士山に登ろうと思うと言ったとき、それに対して「なぜ」と訊く人はいなかった。
「一度登らぬバカ、二度登るバカ」というように、富士山に登ることについて、改めて説明はいらない。
大方の日本人が「富士山に登ろうと思う」とき、その理由はただ一つ、「富士山が日本一の山で、私は日本人だから」だと、それで十分事足りる。

「富士は日本一の山」。
そういう歌を小学校で歌ったし、ここでの「日本一」の響きには、「日本一標高が高い」という言葉以上のものがある。

あらゆるものを凌ぐ、あらゆるものを内包する、偉大な存在。
それが富士山なのだ、と誰かが声高に言ったとして、多くの日本人は黙ってうなづいてしまうだろう。
物理的な意味を超えて、富士山は日本人の精神論に立ち入ってくる。

そんなわけで。

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by yukotto1 | 2007-08-17 01:03 | ぐっとくる映画