生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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クリスピークリームドーナツの行列に並ぶなんて、自分ひとりでだったら、絶対にありえない。
ドーナツが嫌いなわけでもないが、特別好きなわけでもないし、それを買うために長蛇の列だなんて。

だけど、大好きな友人と2年ぶりに会えることになり、彼女がクリスピークリームドーナツを食べたいと言ったら、私は喜んでそれに並ぶ。
混雑を避けるため、雨が降る日曜の朝9時に有楽町というスケジュールもへっちゃら。
(もともと休みの日の早起きは好きなんだけど)

2年前、彼女は、電撃的に結婚して、電撃的に会社を辞めて、電撃的にベルギーへ引っ越した。
すべてが電撃的で、驚いている暇もなかった。
なにもかもすべてを変えてしまう決断を鮮やかにやってのけ、どんなときも変わることのない阿弥陀様のような笑顔で手を振り、そして旅立った。

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# by yukotto1 | 2008-07-01 23:27 | ハッピーになる映画
自分のことを「俺」と呼ぶ男性は多い。
多いというより、9割方がそうかもしれない。

けれど、同時に自分のことを「僕」と呼ぶ男性も多い。

いや、そうじゃない。
一人の男性が、自分のことを、「俺」とも「僕」とも、場合によっては「私」とも呼ぶ。
呼び方を使い分けているというのが正しい。

大半の女性は、自分ことを「私」と呼ぶ。
中には、「エリは~」とか「ユミは~」と、自分で自分の名前を呼んでしまう人もいるが、いい大人になってそれをやるのは、よほど狙っているか、痛いヤツだ。

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# by yukotto1 | 2008-06-27 01:20 | 笑える映画
梅雨の合間の陽射しは攻撃的だ。
分厚い雨雲に阻まれる鬱憤を、ここぞとばかり晴らそうとする夏至の太陽が、夏だ夏だと主張する。

会社を出て、ちょうど向かいにある店は、1年半くらい前にオーナーが変わり、以前は天ぷら屋だったが今はビストロになっている。
開店当初はランチの料理の質がひどく、その評判で一時閑古鳥が鳴いていたのだが、最近はずいぶん改善して賑わっている。
私も月に何回かは足を運ぶようになった。

内装はいかにもビストロ然としていて、テーブルには赤いギンガムチェックのクロスが敷かれ、壁にはアール・デコなポスターが映えている。
カウンター席の脇の壁にはシネマ・ポストカードがいくつも貼られていて、注文した料理が届くまでの間、私はそのカードのフランス語を解読しよう試みていた。

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# by yukotto1 | 2008-06-24 00:08 | アートな映画
3月の赤城亭以来、3ヶ月ぶりに落語に行った。
関西ではテレビ出演も多い桂雀々と、「笑点」や「タイガー&ドラゴン」でもおなじみの春風亭昇太の二人会ということで、今まで聴いた中では、もっともメジャーな噺家の高座と言える。

落語を趣味に持ち始めたのは、つい去年のことなので、東京に暮らす都合から、普段耳にするのは江戸落語が中心。
もともと出身が関西なので、聴きなれているのは上方落語のはずなのに、近頃はすっかり江戸前に馴染んで、上方を聴くのは随分久しぶりの気がした。

しかも、今回は桂雀々だ。
故桂枝雀の弟子である。

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# by yukotto1 | 2008-06-19 00:57 | ハッピーになる映画
最近、年下の女友だちが増えた、と感じる。
自分が年をとったからでもあるだろうし、同年代の友人の多くが家事や育児に忙しい時期で、なかなか一緒に遊べないというのもあるだろう。

自然な流れなのだろうけれど、それも悪くない。
年下の女性と話をすると、お年頃的諸問題から解放された気楽な楽しさがあるばかりでなく、自分の歩んできた道を振り返って初心を思い出すような、心地よい刺激がある。

目下、私の最年少の女友だちは、若干3歳。

中学以来の友人と私は、週に1回以上電話で話すけれど、その横で「お話しするの。お話しするの」と、一生懸命に主張する幼い声がする。
声の主は友人の娘だが、このところ、びっくりするほど言葉を覚えた。
この春には保育園に通い始める。

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# by yukotto1 | 2008-04-02 19:16 | 切ない映画
年末年始に実家に帰るのは渡り鳥の習性のようなものだから、帰省ラッシュの混雑に押しつぶされながらでも、年の暮れには実家に帰る。
東京に戻る航空券は4日の夕方で予約していたのに、両親は正月3日から3泊4日の旅行に出てしまったので、駅までの足がない。
私の実家は、車がないと生活に不自由するくらいの田舎だ。

弟に乗せてもらおうかと思っていたところ、たまたま前日に遊びに来ていた父の妹にあたる叔母が、「ほしたら、おばちゃんが送って行ったるやんか」と言ってくれて、「ほしたら、頼むわ」と甘えることにした。
「おばちゃんが送っていったるやんか」と言っても、叔母は運転免許がないので、運転して乗せていってくれるのは叔父の方なのだが。

途中で神戸の友人の家に寄ると言ったら、
「明石まで送ったるわ。魚ん棚で玉子焼食べよか」
「あ、ええなあ。それ、ええやんか」となる。
魚の棚商店街に行くのも、明石焼を食べるのも久しぶりでうきうき。
「お母ちゃんも一緒に行こ」と叔母が祖母を誘って、4人で連れ立つそれもうきうき。
最近はすっかり出不精の祖母も、実の娘に誘われると、「ほんなら、行こか」と腰が上がる。

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# by yukotto1 | 2008-01-10 18:32 | 音楽

落語の魅力-寝ずの番-

最近、落語にはまっている。
昨年の薪能、歌舞伎に大相撲という古典芸能熱がそのまま派生した具合だが、勢い余って神楽坂に引っ越したら、ご近所至るところで落語やら講談やら三味線やら長唄やらをやっている。
そういう環境のせいもあって、さらに火がついた。

落語は機会や料金の面から言って敷居が低い。
都内の寄席で毎日何かしらやっているし、当日券でふらっと入れる。
料金も、2~3千円と安い。

かつて、昭和の名人古今亭志ん朝が神楽坂は矢来町に住んでいたそうで、そんな具合に神楽坂は落語に縁が深い土地柄。
現在、神楽坂に常設の寄席はないが、毘沙門さんや赤城神社のお堂で独演会が開かれることはしばしばで、他にも普段は芝居をやっている小劇場や場合によっては居酒屋の座敷なんていう場所で開かれる高座もあって、思い立ったとき、どこかしら出かけていける気軽さがある。

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# by yukotto1 | 2008-01-09 17:49 | 笑える映画
もう半年も前のことになってしまうのだが、6月吉日、上の弟が結婚をした。
付き合い始めて1周年が結婚式という、なかなかのスピード婚だ。
弟は、ほんのちょっと前までは、20代のうちには結婚しないと言い切っていたのに、実際には、30歳の誕生日に2ヶ月ばかり早かった。
順序における姉への遠慮は一切なかったが、それはむしろありがたいことで、「弟よ、おめでとう」と素直に思う。

式の前日に実家に帰り、当日、美容院の予約の都合で両親たちよりも早い時刻に、同じく支度のある弟が車でホテルまで乗せていってくれた。
弟とゆっくり話すなんていうことは、近年ほとんどないので、それは不思議なシチュエーションに思えた。
幼かった彼を知るだけに、こいつが結婚するのかと思うと、まったく想像を超えている。

車中、意外と、結婚や結婚式の話は出なかった。
なぜまた彼がこの度結婚を決心したのだとか、今何を感じていてこれからどうしたいと思っているのかとか、そのへんのことはよく分からない。
そしてまた、特にそれを尋ねない。
まあ、決めたんだから何かしら考えたんだろうし、これまでとは違う何かもあったんだろう。
いい大人なんだから、それなりになんとかやるんだろう。

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# by yukotto1 | 2007-12-12 16:40 | ハッピーになる映画
我が家では、すき焼きといえば、鯨肉のそれを指した。
中学に上がる頃まで、私は牛肉のすき焼きを自宅で食べたことがなかったのだ。

今でこそ鯨肉は一部で高級食材のような扱いを受けることもあるが、とんでもない。
かつて鯨肉は牛肉の代用品、安物の代名詞だった。
関西ではより一般的だったようなのだが、学校給食に月に一度は鯨肉の甘露煮なるメニューが登場するほど、それは大衆食だったのだ。

鯨肉の赤身は、とんでもなく硬くて、味わいも薄い。
皮の周りの白いゼラチン質には、コリコリとした独特の歯ごたえがある。
正直、そんな鯨肉のすき焼きを私は一度も美味しいと思ったことがない。

けれど、ある時期まで、我が家のすき焼きは鯨肉だった。
私はそれをすき焼きだと思っていたので、あんなものをご馳走だと有り難がる世の中に対して、全く腑に落ちないと感じていたものだ。
もしかしたら、大人たちは子どもが寝静まった後に牛肉を食べていたのかもしれないが、もしそうだとしたら、我が親ながら実に巧妙である。
私たち姉弟は一切そんなことに気がつかなかった。

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# by yukotto1 | 2007-12-11 00:21 | 音楽
「美容院で髪を切るとき、いつもなんて言ってる?」
という友人の質問があまりに的を射ていると思ったのは、1年と少し前のことだ。
思わず、その場にいた何人かが「そう!それ!」と声を合わせた。

雑誌の切抜きを持っていくとか、芸能人の名前を挙げて「○○みたいにしてください」と言うとか、そういう人もいるのだろうが、なんだかそういうのは気恥ずかしい。
だから、「このくらいの長さで~、ちょっとレイヤーいれて~」というふうに部分的なリクエストをするのだが、正直、本人のイメージとできあがりの間に少なからずの乖離があることはあまりにありふれたことなんじゃないかと思う。

でも、うまく伝えられないこっちが悪いとも思うので、仕上がりにどこか納得できなかったとしても、折りたたみの三面鏡に後頭部を映されながら「いかがですか?」と問われれば、精一杯の笑顔で「はい。ありがとうございます」と答える不甲斐ない結末。
いずれにしてもそうなんだとしたら、どんな髪型にしますかなんて、どうか訊かないで欲しいという本音は、常日頃から持っていた。

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# by yukotto1 | 2007-12-10 01:51 | ハッピーになる映画
床暖房に寝そべってレシピ本などめくっていたら、うとうとと夢の世界に迷い込んだ。
ふと気づくと、約束の15時までほんの10分前。
あわてて起きて支度して、15時ちょうどに家を出た。

神楽坂上の交差点。
道路をはさんだ場所から相手を見つけたのは、私の方が先だった。
友だちは、何か音楽を聴きながら待っていた。

彼に会うのはいつもちょっと照れる。
私にとって男性は、異性を感じる人か感じない人かで大きく二分され、その違いはあまりに歴然としている。
だから、いつでも自分の態度に迷うことなどないのに、彼だけはそういう分類軸の外側にあるようで、私の中で独特のポジションを占めている。
異性と接する感覚とそれを超えた感覚の狭間で、私は彼に対して、回路の分からない照れを感じる。

何かを理性で抑止するような、頭の後ろがちょっとしびれる緊張感は、むしろ心地いい。

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# by yukotto1 | 2007-11-21 11:18 | ハッピーになる映画
習慣というものをあまり持たない私が、近頃、日曜の午後に自宅の近くのカフェに行き、そこで読み物をしたり書き物をするというペースを築きつつある。
午前中に掃除をして、ゆっくりとお風呂に入り、昼食を食べてから家を出て、気分の向くまま幾つか候補のあるカフェのいずれかに行く。
そこで、たいてい2時間あまり、ひとりの世界に没頭するのだ。

気がつけば夕方が近づく時刻、カフェの席を立ち、まだ歩いたことのない路地を探して街を歩き始める。
私は、まだこの街の初心者だ。

雑誌やインターネットから仕入れた情報で、行ってみたい店、興味のある場所は幾つもある。
迷路みたく入り組んだ小路を、「こっちかな、あっちかな」とうろつくのは、この界隈で週末に目にする観光客と大差ない。

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# by yukotto1 | 2007-11-03 23:42 | ハッピーになる映画

揺さぶり-WIZ/OUT-

10年ほど前は何かというと足を運んでいた気がするけれど、最近は、映画を観るときくらいしか渋谷には行かない。
メジャーな映画は自宅や職場から近い品川プリンスや六本木ヒルズのシネコンで観ることが多いので、この街で観るのは「渋谷でしか観られない映画」ばかりだが、意外と、この「渋谷でしか観られない映画」の数は多い。

この街には、東京で一番多くの映画館があるが、映画情報のサイトで一覧を数えてみたら、24あった。
大小様々、上映する映画も客席の構造も、それぞれに個性豊かだ。

その日、私が向かった映画館は、建物自体は普通だが、その立地においてかなり個性的だった。
住所は円山町、坂の麓、つまりラブホテル街の入口にある。

ちょうど一年位前に、(別に変なシチュエーションじゃなくて)たまたま前を通ったことがあり、そのとき一緒にいた人と「こんなところに映画館があるんだね」と会話したことを憶えている。

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# by yukotto1 | 2007-10-28 19:05 | 怖い映画

菊花抄-枯野抄-

わずかな刺激で崩れ落ちてしまいそうな白く細い花弁のかたまりを、両手のひらで注意深く包みながら、そろそろと列に連なって歩く。
二歩前をゆく、艶のない黒い背広。
頭と心の内側で、整理のつかない想いが現れては消えて、横切っては立ち昇る。
遥かな現実感が雲と混じり合う、淡い秋の空。

それは、ある人のお葬式のことだ。

仕事上の付き合いだったけれど、初めて会ってから1年近くになっていた。
関西弁でよくしゃべる、調子がよくて情に厚い、陽気なおじさんだった。
その調子の良さが、あるときは安堵になり、あるときは軽薄にも思えた。
普段意識もせずに接している間は、少々疎ましくさえ思うことがあったけれど、いざその人がこの世からいなくなってしまったと思うと、今さらに自分の態度を悔いてみたり、咎めてみたりする。
その人の良いところばかりが、記憶に浮かんでくるものだ。

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# by yukotto1 | 2007-10-12 19:02 |
「僕、活字中毒なんですよ」
ぱっと見は、活動的で人懐っこく、いかにもやり手の営業マン。
けれど、会話の端々に、幅広い知識と物事の本質を見る知性を感じる。

その理由の一つが、自称「活字中毒」の習慣にあったとは、意外でもあったし、なるほどとも思った。
どういう本を読むのかと訊けば、「なんでも」なのだという。

話題の新書も読むし、自己啓発本も読む。
ビジネス書でも、小説でも漫画でも雑誌でもいい。
本当にどんな本でもいいらしく、それは「一人の時間がもったいない」からなんだそうだ。
一人で食事するときとか、電車で移動するときとか、何もしていない時間がもったいないと感じて、いつでも鞄に本を忍ばせ、束の間を惜しんでそれを読む。
特段共感するわけではないが、そういう気持ちも分からないではない。

「何かいい本ありませんか?」

そう尋ねる表情は、「何か食べるもの持ってませんか?」とでも言うような、ちょっとした飢餓感めいたものがあった。
「なんでもいいんです。なんでも」

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# by yukotto1 | 2007-10-11 00:09 |