生活視点の映画紹介。日常のふとした瞬間思い出す映画の1シーンであったり、映画を観てよみがえる思い出だったり。生活と映画を近づけてみれば、どちらもより一層楽しいものになるような気がします。


by yukotto1
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きょうだい-おとうと-

錦糸町のレイトショーで、200ほどある座席は数えるほどしか埋まっていない。
山田洋次監督作品とあって、観客の年齢は還暦過ぎばかりだ。
そんな中で、私はひとり、席に着く。

会社帰りに「おとうと」を観て、おそらく10年ぶりくらいに映画館で号泣してしまった。
確かにいい映画だったけど、嗚咽を堪えるほど心に効いてしまったのは、私が二人の弟をもつ姉だからだろうか。

弟という存在のことは、日常の中ではほとんど忘れてしまっている。
幼いころはよく一緒に遊んだが、今は、親を想うほども意識に登場しないし、友人ほど近くもなければ、気を遣いもしない。
ただ、彼らが生まれたときから、私が姉で、彼らが弟であるという関係性だけは決まっている。

弟たちは、同じ仕事をしているせいか、互いに素直にならないし、無駄な会話はほとんどしない。
けれど、私と弟たちは、それぞれ仲がいい方だと思う。

それは、私たちと同じく3人きょうだいの、父と叔母と叔父にも当てはまるようで、父と叔父は、兄として、弟としての立場で、互いのプライドを度々ぶつけるが、姉であり妹である叔母は、頑固な男きょうだいの間で朗らかに笑って、いつも優しく、兄を立てたり、弟を守ったりしていた。

3人きょうだいは、叔母が要になっていたのだ。

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by yukotto1 | 2010-02-25 23:30 | ぐっとくる映画

確信-まぼろし-

混沌を漂う会話の合間、ふいに、同じ故郷をもつその友人が、地元に帰ろうと思うことはないかと私に尋ねた。

私は、ちょっと椅子にかけなおす。

ほとんど疑問なく生活してきたけれど、最近になって、家族と離れて暮らしている現状について考えることが増えたのは事実だ。

私の生きる場所は、もう東京にしかない、そう思う。
だけど、理由を振り返ってみると、その基盤は少し曖昧だったりする。

親のことは、いつも心配している。
こんなに大好きで、こんなに大切なのに、離れて暮らすことを選び、そのせいで、おそらくこの先、親や祖母と過ごす時間が全部集めたって僅かに過ぎないことを思うと、どうしようもなく切ない。

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by yukotto1 | 2009-02-03 00:41 | 切ない映画
年末年始に実家に帰るのは渡り鳥の習性のようなものだから、帰省ラッシュの混雑に押しつぶされながらでも、年の暮れには実家に帰る。
東京に戻る航空券は4日の夕方で予約していたのに、両親は正月3日から3泊4日の旅行に出てしまったので、駅までの足がない。
私の実家は、車がないと生活に不自由するくらいの田舎だ。

弟に乗せてもらおうかと思っていたところ、たまたま前日に遊びに来ていた父の妹にあたる叔母が、「ほしたら、おばちゃんが送って行ったるやんか」と言ってくれて、「ほしたら、頼むわ」と甘えることにした。
「おばちゃんが送っていったるやんか」と言っても、叔母は運転免許がないので、運転して乗せていってくれるのは叔父の方なのだが。

途中で神戸の友人の家に寄ると言ったら、
「明石まで送ったるわ。魚ん棚で玉子焼食べよか」
「あ、ええなあ。それ、ええやんか」となる。
魚の棚商店街に行くのも、明石焼を食べるのも久しぶりでうきうき。
「お母ちゃんも一緒に行こ」と叔母が祖母を誘って、4人で連れ立つそれもうきうき。
最近はすっかり出不精の祖母も、実の娘に誘われると、「ほんなら、行こか」と腰が上がる。

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by yukotto1 | 2008-01-10 18:32 | 音楽
もう半年も前のことになってしまうのだが、6月吉日、上の弟が結婚をした。
付き合い始めて1周年が結婚式という、なかなかのスピード婚だ。
弟は、ほんのちょっと前までは、20代のうちには結婚しないと言い切っていたのに、実際には、30歳の誕生日に2ヶ月ばかり早かった。
順序における姉への遠慮は一切なかったが、それはむしろありがたいことで、「弟よ、おめでとう」と素直に思う。

式の前日に実家に帰り、当日、美容院の予約の都合で両親たちよりも早い時刻に、同じく支度のある弟が車でホテルまで乗せていってくれた。
弟とゆっくり話すなんていうことは、近年ほとんどないので、それは不思議なシチュエーションに思えた。
幼かった彼を知るだけに、こいつが結婚するのかと思うと、まったく想像を超えている。

車中、意外と、結婚や結婚式の話は出なかった。
なぜまた彼がこの度結婚を決心したのだとか、今何を感じていてこれからどうしたいと思っているのかとか、そのへんのことはよく分からない。
そしてまた、特にそれを尋ねない。
まあ、決めたんだから何かしら考えたんだろうし、これまでとは違う何かもあったんだろう。
いい大人なんだから、それなりになんとかやるんだろう。

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by yukotto1 | 2007-12-12 16:40 | ハッピーになる映画
我が家では、すき焼きといえば、鯨肉のそれを指した。
中学に上がる頃まで、私は牛肉のすき焼きを自宅で食べたことがなかったのだ。

今でこそ鯨肉は一部で高級食材のような扱いを受けることもあるが、とんでもない。
かつて鯨肉は牛肉の代用品、安物の代名詞だった。
関西ではより一般的だったようなのだが、学校給食に月に一度は鯨肉の甘露煮なるメニューが登場するほど、それは大衆食だったのだ。

鯨肉の赤身は、とんでもなく硬くて、味わいも薄い。
皮の周りの白いゼラチン質には、コリコリとした独特の歯ごたえがある。
正直、そんな鯨肉のすき焼きを私は一度も美味しいと思ったことがない。

けれど、ある時期まで、我が家のすき焼きは鯨肉だった。
私はそれをすき焼きだと思っていたので、あんなものをご馳走だと有り難がる世の中に対して、全く腑に落ちないと感じていたものだ。
もしかしたら、大人たちは子どもが寝静まった後に牛肉を食べていたのかもしれないが、もしそうだとしたら、我が親ながら実に巧妙である。
私たち姉弟は一切そんなことに気がつかなかった。

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by yukotto1 | 2007-12-11 00:21 | 音楽
習慣というものをあまり持たない私が、近頃、日曜の午後に自宅の近くのカフェに行き、そこで読み物をしたり書き物をするというペースを築きつつある。
午前中に掃除をして、ゆっくりとお風呂に入り、昼食を食べてから家を出て、気分の向くまま幾つか候補のあるカフェのいずれかに行く。
そこで、たいてい2時間あまり、ひとりの世界に没頭するのだ。

気がつけば夕方が近づく時刻、カフェの席を立ち、まだ歩いたことのない路地を探して街を歩き始める。
私は、まだこの街の初心者だ。

雑誌やインターネットから仕入れた情報で、行ってみたい店、興味のある場所は幾つもある。
迷路みたく入り組んだ小路を、「こっちかな、あっちかな」とうろつくのは、この界隈で週末に目にする観光客と大差ない。

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by yukotto1 | 2007-11-03 23:42 | ハッピーになる映画
高校野球を最高潮にして、この暑い夏もようやく落ち着きを取り戻した。
少しばかり過ごしやすくなった朝晩に、微かな切なさが忍び込む。

訪れるのは二度目だというのに、またも行過ぎて引き戻る銀座の混沌。
目的地は、隠れ忍ぶような場所にある。

Salone Ondataは、近頃のお洒落な男性たちが憧れを募らせるクロージング・サロンなのだそうで、男性ファッション誌でも度々取り上げられているらしい。
私が普通にしていれば、その名を知ることも足を運ぶこともなかっただろうが、ちょっとしたきっかけで、このサロンで不定期に開かれている短編映画上映会に声をかけられた。

看板も見当たらないままの雑居ビルを、小さなエレベーターで8階まで上がり、さらにフロアの奥の扉を押す。
その先に広がる、こじんまりとしてかつ洗練された空間は、正真正銘、大人の世界だ。
正直言って、私などでは気後れしてしまいそうだが、それでもしばし背伸びを楽しんでみる。

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by yukotto1 | 2007-08-28 18:48 | ぐっとくる映画
日曜の午後だったか、そういう時間帯に観るのにちょうどいい映画だと思った。
それも自宅で、ソファにもたれながら、一人で観るのがいいかもしれない。
外は晴れていて、子どもの声など漏れてきて。

「イン・ハー・シューズ」。
対照的な姉妹の話。

姉は優秀だが地味で生真面目な弁護士。
妹は美人だが学習障害をもつふしだらな遊び人。

好き、だけど嫌い。
嫌い、だけど好き。

同じ両親から生まれた、年の近い兄弟姉妹というのは、互いに不思議な存在だと思う。
ルーツを同じくして、あるときまでの記憶をほとんど共有しているのに、性格も外見も、生き方も違う。
外見が少なからず似ているケースはままあっても、性格においては、違っている方がむしろ自然だ。

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by yukotto1 | 2007-02-20 23:01 | 考えてしまう映画
子どもの頃の私にとって、ケーキと言えば、大量生産の味がするタカラブネかパルナスのケーキと決まっていた。
タカラブネもパルナスも関西を拠点とする洋生菓子チェーンで、一時はかなり大規模な店舗展開をしていたが、現在は二社とも営業譲渡、廃業して、その存在すらなくなってしまっている。

特にパルナスは、つばの大きな帽子をかぶった男の子のイラストと「モスクワの味」というキャッチフレーズとともに、どこか物悲しげなCMソングが印象的であり、1970年代以前に生まれた関西人にとってみれば、実に思い出深い存在だったと言える。
ダウンタウンのまっちゃんも、パルナスの歌をテレビで歌っていたことがあった。
個人的には、日曜日の朝、「未来少年コナン」の放送時に必ず流れていたのが、懐かしい。

私の地元にあったパルナスは、ヒロタやコージーコーナーなどでよくあるように、駅舎の中にショーケースカウンターだけを構えた小さな店舗で、その駅舎が新しい駅ビルに建てかわる時に閉店してしまった。
誕生日やクリスマスなんかの特別な日に、ケーキを買うといえばパルナスへ行き、決まって苺のショートケーキを買ったのに、古い駅舎が壊された日は、パルナスの甘い思い出が失われてしまった悲しい日だった。

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by yukotto1 | 2006-09-24 21:39 | 考えてしまう映画
上の弟が生まれた日の記憶はないが、下の弟が生まれた日のことはしっかり憶えている。
私にはまだ子どもがいないので、「誰かが生まれた日」を実感として知っているのは、たった一人の誕生日だけだ。

しんちゃんは、三人兄弟の末っ子として、同時に私たち家族の一番の新参者として、昭和54年3月8日に生まれた。

その日、自宅には母とひいおばあちゃんと私がいた。
祖母と上の弟がいたかどうかは憶えていないが、父はたぶん仕事でいなかった。
私は3歳だった。

母が産気づいて、ひいおばあちゃんに車を呼んでくれと言ったら、ひいおばあちゃんはちょうどそのときうどんをこしらえて食べるところで、「ちょっと待ってよ。これ食べてからな」と呑気に応えた。
そのことを、母がいまだに恨めしそうに話す。

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by yukotto1 | 2006-08-14 02:00 | ハッピーになる映画